研究実績の概要 |
【2019年度】 英国の素描教育法が伝播した北米の事例について、ウォルター・スミス(Walter Smith,1836-86)が校長を務めたマサチューセッツ師範美術学校のシラバス・教科書・公文書類を通じて調査を行った。1870年代初頭、スミスは、19 世紀英国の官立デザイン学校が構築した国定教育課程(サウス・ケンジントン体制と呼ばれる)を、米国の師範学校および公教育に導入したが、そのままの形で移したのではなかった。また英国の教育と同様に、植物を用いた素描の方法論が踏襲された。モデルの植物を写実的に描くのではなく、抽象的な形態に描き替える方法である。マサチューセッツ師範美術学校の日本への影響関係において、間接的だが早くは、宮本三平『小学普通画学本』乙之部第二(1878年~)によるW・スミスの教科書からの引用図がある。他方1905年、米国の同校に留学した後、普通教育における図画教育に携わった白濱徴(東京美術学校教授)は、『新定画帖』に図案の構成を含めているが、英米のサウスケンジントン式による素描法の影響は薄く、むしろ小室信蔵に依拠している。同方式の直接的な影響は、手島精一・小室ら東京高等工業学校の工業図案科、さらに京都高等工芸学校等で導入された図案法に見られる。 【期間全体の研究成果】 19 世紀英国の官立デザイン学校が構築した素描教育の形成過程・デザインへの応用と展開・英国外への影響の実態について、①同校の有した課題「産業デザインが新ジャンルとして自律化するにあたり、美術とデザインの区別が理論化され、教育法に反映されたこと」、②素描教育の独自性「美術アカデミーと異なる、植物学を基にした新しい図案教授法の確立」、③展開の意義「デザインの語義が「素描」から「デザイン製品」に拡大され、デザイン原理の新しい意味性が教義に明文化されたこと」を明らかにした。
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