研究課題/領域番号 |
17K00718
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
長坂 一郎 神戸大学, 人文学研究科, 教授 (10314501)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | デザイン論 / 使用 / ファッションデザイン |
研究実績の概要 |
本年度は、既存の工学的設計論の分析とファッションデザインの設計論の基盤となる「使用」に基づいた設計論の提案を行った。現在提案されている多くの工学的設計論をサーベイし、人間の感性と使用を扱う場合の問題点と保存すべき枠組みを抽出した。 具体的には(1) クライアントや社会からの要求に対して、デザイン解を求める過程を写像としてとらえるのではなく、一組の要求に対して、常に複数のデザイン解が対応する多対多の関係と考え、(2) ユーザーが言語化できない感覚的な部分を、その使用シーンの組み合わせによって表現し、ユーザーのニーズの理解に役立てる枠組みを提案した。そして、(3) デザインの成果をものとしての衣料と考えるのではなく、ユーザーがその衣料を着て行動するシーンの系列・集積(シナリオ)としてとらえ、このようなユーザーの「使用」をデザイン対象とするデザインプロセスの形式化を試みた。 デザインプロセスを形式的に考察する上で、これまでデザイン行為と構成的数学の証明行為における要求条件の分析を行ってきた。構成的数学では証明を構成的な行為であると捉えている。具体的には、いくつかの論理式をある与えられた証明すべき命題に基づいて組み合せ、証明という構成を作り出すという行為は、ある意味デザイン行為と同種の構成的な行為と見なせるのである。このことから、構成的数学における証明行為を分析を行うことにより、デザイン行為を形式的にとらえる明確な視点を獲得することができるのではないかと考えている。また、構成的数学は証明行為を論理式の「使用」の集積だと捉えており、また、ある命題に対する証明は一意に定まらない多対多の関係にあることから、我々が考えている設計論と親和性が高い。 これらの試みは、まだファッションデザインに特化したものとはなっていないが、その基盤は十分に検討され、進むべき方向を明確に示すことができたと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)「現在提案されている多くの工学的設計論をサーベイ」することについては、吉川の一般設計学とクリストファー・アレグザンダーの『形の合成に関するノート』に加えて、ポール & バイツの『工学設計: 体系的アプローチ』や、最近提唱されている「デザイン思考」、そして、経済学で提案されているメカニズムデザインやサービス・デザインなど、多くの設計論についてのサーベイを行った。 サービス・デザインの分野では、デザインの対象を「もの」による価値ではなく、「使用」によって作り出される価値を中心概念として扱っている。また、この使用価値をユーザーとプロデューサーのインタラクションによって創造されると考え、そのような価値をいかにして作り出すかに関する分析が行われている。一方、メカニズムデザインとは経済理論の一分野であり、工学的な視点を備えている点で経済学のなかでもユニークな理論である。この理論は経済的なメカニズムをデザインすることに関心があり、それはコンピュータ科学者がアルゴリズムやプロトコル、システムについて関心があることとちょうど同じである。メカニズムデザインは戦略的な設定(社会の構成員のそれぞれがゲーム理論的な意味で合理的に行動するという設定)において、望ましい社会選択を遂行することを目指す。つまり、ここでもデザインの対象は「もの」ではなくルールやアルゴリズムなどの、ユーザーの使用を規定する枠組みなのである。このようなサーベイを通して、本課題が目指すユーザーの「使用」をデザイン対象とする設計論が現代求められているデザインのあり方と合致することが確認できた。 次に(2)「ファッションデザインに特化した設計論の提案」についてであるが、「研究実績の概要」でも述べたとおり、上述のようなサーベイに基づき、すでに提案すべき設計論の形式的な枠組みはできあがっており、この点においても順調に進んでいるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、研究計画にあるとおり、前年度までに提案した設計論の枠組みを実際のファッションデザインに適用し、その有効性を検証するとともに、理論の修正を行う。 実験の大枠は、デザイン思考における「共感→問題の定義→創造→プロトタイプ→テスト」の枠組みに従って行う。ファッションデザインに工学的設計論を導入しようとした背景には、日本のファッション事業は自動車や電機製品のような国際プレゼンスが乏しい、すなわち海外で売れないという危機意識であった。そこで、ここでは特に「共感→問題の定義→創造」のステージにおけるデザイン案の創出に焦点を当て、売れる、すなわち多くの人が求める身体表現機能を満たすデザイン案の生成を目指す。具体的には、既存のファッションシーンのイメージを用い、ユーザーが持つ身体表現機能がどういうものであるかをシーンの木構造として表現する。その際、自己の鏡像テストにより、どのシーンの構成が自己のあり方に近いかを判定してもらい、必要であればシーンの構成を組換える。得られた木構造を拡張することで新たなシーン構成を作成し、これに基づいて新たなデザイン案を生成する。このサイクルを繰り返し、適宜プロトタイプを作成し、デザイン案を収束させていく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
国際会議での発表を予定していたが、サーベイの段階よりも実験結果により理論を検証した上で発表した方が実りが多いと判断した。使用計画としては、信州大学で実験する際の旅費や共同研究者との研究打ち合わせ、また早期に実験結果の分析が進めば国際会議にて発表する際の旅費として使用する予定である。
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