研究課題/領域番号 |
17K01113
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
奥村 暢旦 新潟大学, 医歯学総合病院, 助教 (90547605)
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研究分担者 |
藤井 規孝 新潟大学, 医歯学系, 教授 (90313527)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 印象採得 / 臨床技術 / 臨床経験 |
研究実績の概要 |
平成29年度は歯科治療において高頻度に行われる支台歯の印象採得について、歯科医師の臨床経験の差がどの程度臨床結果に影響するかを検証した。歯科治療においては、う蝕等で歯質の一部が欠損した際に、残りの歯質を切削し支台歯としての形態を整え、金属やセラミック等の材質を使用した被覆冠で歯冠形態を修復する歯冠修復が高頻度で行われる。この歯冠修復において精度の高い修復物を製作するためには、現状印象採得と言われる方法で、シリコンなどの弾性材料を使用し支台歯の型を高精度で採得し、いかに精密な作業模型を製作するかが重要なポイントとなる。この作業模型製作過程において、いくつか精度に影響するエラーが生じる可能性のあるステップが存在するが、最も致命的なものの一つが印象採得におけるエラーであると考えられる。常に唾液などの各種滲出液に晒され、舌や頬粘膜といった動きのある軟組織が存在する狭小な口腔内において、器具を的確に操作し印象採得を正確に行うことは容易ではない。さらに、印象採得は数十秒から数分で硬化する弾性材料を用いて行うため、術者には粘弾性材料の初期硬化タイミングやチクソトロピ―に関する理解が求められる。いわば比較的短時間に変化する環境において、最適な瞬間を切り取る行為ともいえる印象採得の技術に関するポイントは、多くの歯科医師が臨床経験から得ていると予想される。 今回印象採得の代表的なエラーである気泡の混入と印象材の断裂の2点にフォーカスし、臨床経験によるエラー発現の差を比較したところ、臨床経験10年以上の歯科医師は臨床経験1年未満の研修歯科医よりも印象採得時のエラー発現率が少ないことが明らかとなった。この傾向はさらに被験者数を増やせばより顕著になると考えられるが、現状で十分な傾向を確認できたため、今後は印象採得時のエラー発現の原因解明を追求する段階へ進むこととした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、印象採得の対象として、金属による被覆冠を想定し支台歯形成を行った人工歯を取り付けた顎模型と、狭小な口腔内を再現するパーツである人工頬粘膜を装着したシンプルマネキンを用意し、日常臨床で使用する歯科用診療チェアに固定し、仮想患者に対し印象採得の診療を行う実験環境を構築した。被験者として臨床経験1年未満の研修歯科医10名と臨床経験10年以上の研修歯科医の指導的立場にある歯科医師10名をそれぞれ選抜した。印象採得方法は上記のマネキンに対し、専用シリンジにシリコン印象材を入れて支台歯周囲に流す、シリコン印象法で行ったが、研修歯科医はこの方法での印象採得経験は各自1回ないし2回であるのに対し、臨床経験10年以上の歯科医師は日常的にこの方法を行っており、各自100回以上の経験を有しており、明らかな臨床経験の差がある。 支台歯の切削部と非切削部の境界は形成限界と呼ばれ、当該歯に装着される修復物の辺縁部はこの形成限界に一致するように製作される。すなわち、口腔内から採得された印象材の内面に明確に形成限界が表されていることが印象採得の成否の判断材料となる。被覆冠を装着するための支台歯形成が理想的に行われた場合、形成限界は一本の連続した線で「円」を描き、印象材の内面に明瞭な「円」を確認することができれば正確に印象採得を行うことができたといえる。今回2群の被験者間において研修歯科医の群は指導歯科医の群と比較して、この形成限界に気泡や断裂といったエラーが生じる傾向が明らかに高く、明瞭な「円」が確認できなかった。したがって、臨床経験により印象採得の成否は左右されることが示され、印象採得技術の差も同様であることが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度の研究結果により、歯科医師は臨床経験によって印象採得技術を獲得していることが明らかとなり、この傾向は被験者数を増加させることでより明白になると考えられるが、十分な傾向が確認できたことから、今後は成否を分けるエラー発現の原因解明を追及することに焦点を絞る事とする。具体的には印象採得時にどのような姿勢で主に利き腕の上腕がどのような動きをしているか、さらには印象採得用シリンジとターゲットとなる支台歯との距離感や位置関係はどのようになっているかを、モーションキャプチャを用いて計測し、解析に必要な項目の分析を行う。そのうえで、平成29年度の実験と同様の基準の2群の被験者を、モーションキャプチャを使用して印象採得時の動きを計測し、前述の項目に対する分析を行うことで、印象採得技術の差は動きとしてどの項目が関係しているか、印象採得のエラーに直結するような動きの要素は何かを解明する。そのうえで、将来的に印象採得技術教育において、臨床経験の差を埋めるような教育方法の考案につながる要素を検討する。今回も被験者10名ずつを目標に計測と解析を行い、2群間の差について分析する。傾向が明確にならない場合はさらに被験者を増やすことを検討する。 一方、平成29年度の結果をもとに本研究の内容と成果を国際学会(International Association for Dental Research: London)にて発表し、国内外の多くの研究者と意見交換を行い、フィードバックを得る。得られた情報とフィードバックをもとに研究全体の確認とブラッシュアップを行い、実験のさらなる改良が可能かどうか検討を行う。
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