19世紀後半のアメリカで用いられたスミソニアン気象観測法は、わが国で気象観測法が全国統一されるまでの1888(明治21)年末まで、とりわけ北海道にて浸透していった。スミソニアン気象事業を主導したスミソニアン協会初代長官ジョセフ・ヘンリーと札幌農学校や開拓使の御雇米国人たちが、同観測法の導入にいかに与ったかを検討し、近代西洋科学の導入過程の一端を示した。 また、スミソニアン気象事業は、共通の計画に基づいて気象日誌をつけ、毎月報告書を郵便で提出する、ボランティア観測者の大規模な体系だったが、これまでほとんど研究されてこなかった女性観測者についても検討した。
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