研究課題/領域番号 |
17K01199
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研究機関 | 東京工芸大学 |
研究代表者 |
山延 圭子 (高橋圭子) 東京工芸大学, 工学部, 教授 (00188004)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 映像フィルム / 酢酸セルロース / 核磁気共鳴スペクトル / 半経験的分子軌道計算 / トリフェニルリン酸 / 質量分析 |
研究実績の概要 |
金属、セラミック材料についでプラスチック材料も、文化財構成物質として重要である。しかも人工有機材料である高分子化合物プラスチックの保存と復元のためには単位分子構造を分析することのほかに、重合度(分子量)分布についても分析が必要である。 分析対象として第一に選択した映像フィルム(写真フィルム・映画フィルム)は多層からなる複合材料である。保管している工芸大学ライブラリのフィルムからビネガーシンドローム特有の白色固体を収集し、プロトン、カーボン、リンNMR,質量分析、蛍光X線分析によりトリフェニルリン酸であることを確定した。酢酸セルロースベースフィルムに関してはかなり添加されている可塑剤が劣化の進行度にかかわらずクロロホルムおよびジメチルスルホキシド(DMF)可溶であることより複数であっても可塑剤の特定と含有率決定法を確立した。劣化のメカニズムと復元法探査のために半経験的分子計算法を用いて酢酸セルロースとトリフェニルリン酸複合体の安定構造について検討した。現在投稿準備中である。 赤外吸収スペクトルによるフィルム直接分析でニトロセルロース、酢酸セルロース、PET、いずれのベースフィルムかは判定できることが分かった。しかしフィルム完全溶解溶媒の探査はいまだ完了していない。DMSO,DMFはいずれも劣化度のかかわらず(酢酸エステル度に依存しないで)フィルムを溶解させることを発見したが、第一にNMRスペクトルのブロード化、第二に近傍の溶媒由来メチル基と脱アセチル化により出現した水酸基によるアセチル基由来メチル基シグナルの定量分析妨害により劣化の定量分析は達成していない。 フィルム構成純物質のNMR測定は平均アセチル化度1,2,3の試料を入手しクロロホルム、アセトン、DMF,DMSO溶媒によるプロトンおよびカーボンNMRはそれぞれ測定した。固体NMRは装置の不調もあり、測定に至っていない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
NMRによるフィルム素材確定とアセチル基と糖分子間のプロトン積分比から劣化度定量分析を試みた。DMSO,DMFはいずれも酢酸エステル度に依存しないでフィルムを溶解させることを発見したが、第一にNMRスペクトルのブロード化、第二に近傍の溶媒由来メチル基と脱アセチル化により出現した水酸基によるアセチル基由来メチル基シグナルの定量分析妨害があり、非フィルム酢酸セルロースを用いた基礎実験に予測以上の時間がかかった。 また、フィルムベースの多量に含まれている「可塑剤」との相溶性に関する高分子分野での業績について調査シミュレーションにも多くの労力を要した。 劣化の定量分析は達成していない。 映像フィルム制作者が使用していたフィルムセメントは「アセトン」と呼ばれている。実はアセトンではなく、ジオキサン、ハロゲン化水素などの混合物である。ニトロセルロースも含まれていることをNMR分析により確定している。この液体はアセチル化度非依存性を有すると予測されるので混合溶媒による一斉分析法へと展開予定である。より広範囲のプラスチック材料同定に繋がると確信している。
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今後の研究の推進方策 |
劣化アセチルセルロースベースフィルムの一斉分析とビネガーシンドローム対処法の提案が平成30年度の研究目標である。平成29年度に新たに溶媒探査で明らかになった混合溶媒系による一斉分析を実現するため、適切な溶媒と混合割合を検討する。「フィルムセメント(アセトン)」と呼ばれていた材料は発がん性を有し、研究上も復元法として採用するにしても適切ではない。経済性、安全性も含めた溶媒の相溶性を勘案して溶媒を創出する。 分析方法のルーチン化と提案を実現する。提示する情報は、アセチル化度、支持層添加可塑剤の種類と量、可塑剤の変化の可能性の有無、画像保持層であるゼラチンや画像発色団構造由来シグナル情報、総合的ビネガーシンドローム罹患診断、保存方法提案、復元法提案である。 結果を総合してビネガーシンドローム罹患による化学反応を反応ごとに列挙し、分子レベルで何が起こっているのかを明らかにする。可塑剤の特定が可能となったので酢酸セルロースフィルム劣化の可塑剤依存性について解明する。復元法提示に有用な情報と思われる。さらに固体NMRによる解析を行う。 アセチルセルロースはフィルムベース以外にも芸術作品の素材として使用され、その劣化も報告されている。その修復には分子量分布等も知る必要があるが、フィルムのみに焦点を絞らずアセチルセルロース使用作品の調査と展開も意識して研究を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は3年度計画により行われるものであり、また、機器備品は請求していない。NMR測定のための試薬や、分析・構造計算のための人件費や謝金も研究を通じて連続的に必要な経費である。また、昨年度研究開始時に英語論文投稿のために計画した予算が年度末に時期が遅れてしまい、本年度論文作成のための準備金および投稿費用として繰り延べた。
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