本研究は現生材を人工的に劣化させ、擬似的な出土木材を調製することを目的としている。出土遺物にはモデルとなる適当な試料がないため、対照実験を用いた研究や、保存処理の予備実験を行えないという問題がある。これらの問題を解決するため、木質分解酵素を用いた擬似出土木材調製方法の開発を行った。 これまでの研究において、セルロース分解酵素とフェントン試薬を用いることで、セルロース含有量を低下させながら含水率を上昇させられることを示してきた。この方法で調製した擬似出土木材を用いた保存処理実験において、脂肪酸エステル含浸法が他の処理方法より優れた寸法安定性を示すという結果が得られた。実際の出土木材においても、脂肪酸エステル含浸法は優れた寸法安定性を示し、色調においても大きな変化を及ぼさないことが知られている。ただし、保存処理後に資料から脂肪酸エステルが析出する場合があり、その場合は継続的なメンテナンスを要するため、近年ではあまり行われていない。そこで、擬似出土木材を用いて脂肪酸エステル含浸法の改良法の検討を行った。これまで、析出の原因は処理に用いたエタノールが残存しているためと考えられてきた。これを取り除くため、改良法においてはアセトン、またはメタノールを用い、エタノールを用いた処理結果と比較を行った。比較の結果、アセトン、メタノールどちらの溶媒を用いた処理でも寸法安定性に変化は無く、仕上がりにも差異は見られなかった。このため、アセトン、メタノールを用いて脂肪酸エステル含浸法を行うことに問題はないと考えられた。ただし、エタノールを用いた処理を含むすべての処理において、脂肪酸エステルの析出は観察されなかった。このため、今後は脂肪酸エステルの析出が発生する条件を検討していく必要がある。
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