自動車塗膜片は、交通犯罪を解明するための重要な証拠試料である。近年、塗膜性能向上のため、事件現場に遺留される自動車塗膜片は非常に微細である上、層構造を持つ塗膜の表面近傍層のみが採取され、分析が困難なケースが増加している。一般的に、自動車塗膜は表面からクリアー層-着色ベース層‐中塗層‐下塗層の多層構造を有する。意匠・機能性を高めるため、着色ベース上または内に光輝材であるメタリック顔料を含むものが増えている。通常、警察では車種特定のため、顕微鏡検査、顕微分光分析、顕微フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)、X線マイクロアナライザー分析(EPMA)を行っている。特にFT-IRは自動車塗膜分析の最も主流な手法であり、自動車塗膜に含まれる有機高分子を分析する。警察により国内外の自動車塗膜の膨大なFT-IRライブラリーが構築され、車種特定の強力なツールとして活用されている。しかし、表面近傍層であるクリアー層、メタリック顔料を含むベース層のみが遺留された場合、FT-IRライブラリーを用いても車種特定は困難である。使用される有機高分子の種類は限られており、表面近傍層だけでの識別力は高くない。 そこで本研究では、高輝度なマイクロビーム放射光蛍光X線分析を実施し、メタリック顔料の微量元素成分・ナノ構造情報を総合的に活用した自動車塗膜片の新規非破壊異同識別法を確立することを目的とした。その結果、メタリック顔料は、雲母・アルミニウムフレーク・アルミナ等の鱗状基材に金属酸化物を数十~数nm皮膜したナノ構造を持った無機物であるが、化学量論比を利用して、その構成元素から基材を特定する新しい手法の開発に成功した。また、微量元素を用いてFT-IRデータベースを遥かに凌駕する高精度識別を可能にした。
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