高齢者の転倒は骨折や寝たきりにつながり,転倒予防は超高齢社会を迎えた我が国の喫緊の課題である。転倒の主な生理学的要因は,立位バランス機能の低下である.その改善には,筋量・筋力の向上だけでは不十分であり,感覚系からのフィードバック情報に基づく適切な運動指令による各筋の制御という一連の神経機構の機能向上が不可欠である。立位保持中の姿勢動揺を減少させ,安定化させる方法として,固定点へ指先で軽く触れること(Light touch: LT)がよく知られている。この姿勢動揺の減少は指先接触による力学的支持ではなく,求心性の体性感覚情報に基づく神経制御に起因するとされている。 今年度は上肢を前方に挙上し,手で把持した重錘を自由落下させる課題によって生じる身体の後方外乱に対する姿勢応答中の身体重心(COM),足圧中心(COP)と表面筋電図データをLTあり(LT条件)とLTなし(NT条件)で比較した。 COP最大後方変位量はLT条件で有意に大きく,COM最大後方変位量は2条件で有意差なく,結果として,COPとCOM最大後方変位量の差はLT条件で有意に増大した。前脛骨筋の筋電図積分値はLT条件がNT条件と比較して,有意に増大していた。 COP最大変位座標とCOM最大変位座標間の距離はsafety margin(安定性領域)と定義づけられ,この安定性領域が狭いほど柔軟な姿勢応答を行えず転倒が増大するとされている。LT条件で認められたCOPの有意な後方変位は,外乱という外的刺激に対して安定性領域を広げて柔軟な姿勢応答を行っていると考えられた。
|