本研究は,急に下肢を負傷し治癒までの間の歩行に松葉杖を使用する,いわば松葉杖歩行の初心者のための訓練装置の開発を目指した.松葉杖の正しい使用方法を知らないまま試行錯誤的に使用すると使い方に誤った癖が付いてしまったり,転倒など二次的な事故の原因となりうると考えたからである.そこで,そのような危険を避けるための訓練,言うなれば,松葉杖を使い始める段階で使用方法のノウハウを習得するための訓練システムの開発を目指した. 本研究で開発した訓練システムは,主に転倒覚提示装置(FSD)とヘッドマウントディスプレイ(HMD)から成る.FSDは松葉杖に取り付け松葉杖のバランスを意図的に崩し「転倒しそうになるヒヤリ・ハット感覚(転倒覚)」を提示する装置である.歩行訓練中にFSDを駆動すると松葉杖歩行者は身体バランスの維持が求められ,これを繰り返すことが訓練となる.HMDは患者が訓練時に装着し,そこに仮想の障害物を提示し,患者はその仮想障害物への対処を繰り返すことで,実際に進路に現れた現実の障害物にも対応できるようになると期待した.双方の技術を用いてAR(拡張現実)的な訓練システムを目指した. (FSD)当初の計画どおり開発したフライホイル型のFSDは,シミュレーションでは効果を確認したものの,試作機では提示される転倒覚が小さく,実験ではその効果を体感することが難しかった.そこでこれを振り子型に改良した.その結果,被験者の歩行動作に影響を及ぼすと感えられる大きさの転倒覚を提示できるようになった. (HMD)進路に転がってくるボールを想定した仮想障害物をHMDに提示する機能を開発し,被験者の歩行を計測する実験を行った.被験者が仮想障害物の提示を予想できる状態であっても,それに対処する訓練を繰り返した結果,身体バランスの指標である身体加速度の変化を抑制しやすくなり,対処力が向上したと推察された.
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