本研究の出発としての問いは,“なぜアスリートがカウンセリング(心理療法)を通して,競技力向上を含めた全人的な成熟を達成するのか,そのプロセスはどのようなものなのか,そして一般の人とは違いAthだからこその特異性(独自性)はあるのだろうか”である. ここまでに,“主体的身体”をキー概念として,Ath特有の身体の表現,自我の獲得と身体など,Athの主体的身体が彼らの内的課題と結びついており,心理専門家がAthを支援する際の重要な見立てとなることを示した.そして,意識と無意識とを繋ぐ身体の役割が重要概念となる. 本研究では,Athの身体体験の語りの水準が内的課題への取り組みや変容と関係していることを,トップアスリートに対する心理サポートの事例を用いて確認した.そして,アスリートの成熟モデルを仮説的に示した.それは心と身体の統合的な関係様態である.アスリートが心理相談を開始する当初は,その背景に何らかの内的課題があり,競技における身体体験は,意識と身体とが相容れない状態(心身乖離段階)となっている.次に,サポートの時間的経過と共に,身体が先行して動き,意識による統制はまだおぼつかないが感覚としては不快ではない状態(自覚的身体主導段階)となる.これは心身乖離段階から成熟した段階である.そして,さらに成熟すると無意識と意識が調和的になる.これは内的課題を克服し,新たな動き(パフォーマンス)を獲得するとともに意識的にその動きを作ることのできる段階(心身調和段階)である.つまり,Athの競技体験を通じて,自身の身体とどのように対峙しているかが,アスリートの成熟に重要であることが明らかとなった. 成果の一部を,日本スポーツ心理学会,ヨーロッパスポーツ心理学会,応用スポーツ心理学会等で発表し,また心身医学,体育の科学雑誌などに投稿した.
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