研究課題
現在社会問題となっている児童虐待。臨床現場では子ども本人からの聞き取り等を中心に処遇判定を行っており、未だ客観的なエビデンスに基づいた虐待判定は実現されていない。本研究は、虐待判定の客観的エビデンスを反映した複合評価モデルを、脳機能計測・唾液ホルモン測定・心理評価を用いて構築する。これを実現するためにはADHD児の臨床像と被虐待児の臨床像が類似しているという医療現場での課題を解決する必要がある。被虐待児の多くは、潜在的に発達障害を持っている可能性があり、ADHD(注意欠如多動症)児に臨床像が酷似している。そのため、両者の鑑別は非常に難しい。そのためにADHD児と定型発達児の判別を8割で可能にしたfNIRS (functional near-infrared spectroscopy)による判別法をADHD児と被虐待児に応用し、虐待評価の客観的指標の構築を目指す。本研究では、fNIRSを用いた脳機能計測を用いて発達特性及び発達環境などの要因による脳機能の差異を捉え、唾液中ホルモン測定によりストレス状態と向社会的反応状態を把握し、心理評価等を用いて被験者の現在の知的発達及び心理状態を把握する。これら3点を、被虐待児・ADHD児・定型発達児に対して実施し、虐待評価の客観的指標の構築を目指す。まずそれに先立ち、これまでに行ってきたADHD児のfNIRS脳機能計測データと、被虐待児を含む不適切な養育を受けた児童を対象に実施したfNIRSデータと比較を行い両群の差異について調査する。さらにADHD児、不適切な養育を受けた児童を含む被虐待児、定型発達児を対象に、fNIRS計測と、唾液中ホルモン計測、心理評価を行い、3群を対象に比較検討を行う。
3: やや遅れている
平成29年度の研究進捗状況としては、研究実施に先立ち、人を対象とする研究における倫理審査申請を行い、研究機関での承認を得た。その後、唾液中ホルモン解析のための必要器材の購入、及び研究試料保存場所の確保、解析時の検体汚染を避ける目的で新たな実験環境の設置などを行った。この作業にあたり、学内外の生化学研究者や臨床研究員などと情報交換を行い、現在の研究環境を整えることが出来た。本研究における心理評価のための評価尺度の選定を行い、研究用の評価尺度をまとめ、「こころファイル」と名づけた。そのファイルを用いることで必要な情報を一括で得られるようなシステムの構築を行った。この子どもの状態評価のための「こころファイル」選定においても、小児科医・児童精神科医などの助言を得て、今の子どもの状態像を的確に把握するための調整を行った。脳機能計測を実施する共同研究機関(獨協医科大学埼玉医療センター)のスタッフと本研究の実施遂行に関して研究会議を執り行い、本研究に参加してもらう被験者のリクルート方法及び、同意説明後の段取り、唾液解析のワークフロー及び検体の保管場所など詳細に関して取り決め、更にfNIRS計測のワークフローも整えた。(2018年7月以降、施設内引越しがあるため、また環境が変化することが予定されている。)脳機能計測に関しては、これまで獨協医科大学において我々の研究チームが既に実施してきているデータの蓄積がある。そのADHD児のfNIRS計測情報と比較検討を行うため、被虐待児を含む不適切な養育を受けた児童のfNIRS計測を新たに開始している。(現在まだ人数が少ないため、統計解析は実施していない。)平成29年度は、倫理申請及び実験環境の整備、評価尺度の設定、被験者リクルート準備などに多くのエフォートを割いたが、次年度はそこを基盤に更なる展開を行う予定である。
平成30年度は、積極的に研究協力者(被験者)に対してfNIRSを用いた脳機能計測データの蓄積と解析を行う。それについては、被虐待児を含む不適切な養育を受けた児童のリクルートに関しては、児童相談所などが介在している場合も少なくないため、他機関との連携が重要になってくる。そのため、関係機関との会議の頻度が増加することが予想される。また、研究参加期間中に生じた新たな虐待情報の取り扱いなどに関しても、出来る限り情報共有の流れを明確化して、関係者で共有するシステムを構築しておく必要がある。唾液採取と解析に関して、中央大学及び獨協医科大学でそれぞれ得られた試料に対して別々に解析を行う。その理由として、検体試料が移動によって変質することを避けるためである。しかし、唾液試料解析に関しては、中央大学と獨協医科大学どちらも同じ解析キットを用いて、同じ手続きを実施し、条件を揃える工夫をしておく。ADHD児及び被虐待児を含む不適切な養育を受けた児童を対象とする実験研究の場合は、毎週1回獨協医科大学埼玉医療センターでの外来場面で被験者のリクルートと、心理評価の実施及び、fNIRSを用いた脳機能計測を行う。一方、定型発達児を対象とする場合は、夏休み・冬休み・春休みなどの長期休暇などに集中して研究を行う。それに向けてのリクルートも段階的に準備する。平成30年度内に本研究の目標となるデータ数までの到達を目指す。本研究の最終段階でfNIRSデータとウエアラブルNIRSデータの再現性の検討を予定していたが、研究室で成人を対象にウエアラブルNIRS規則を行ったところ、fNIRSデータの再現性が担保出来なかった。その理由として、fNIRSが44チャンネルに対し、ウエアラブルNIRSのチャンネル数が少なく、対象領域の情報を的確に拾うことに困難が生じている。これに関しては、NIRS専門家らと方向性を決めていく。
平成29年度は、実験環境を整えるため設備備品などのための予算を確保していたが、学内の共同研究室に既に幾つかの器材(ピペット、その他)が用意されていたため、新規購入は、不足部分のものだけとなった。一方、研究計画書には計上していないものの研究遂行にあたり、これまで使用していたPCでは十分に解析が行えない可能が生じたため、データ解析専用のPCが新たに必要となったため、その購入を予定している。唾液中ホルモン解析用のELISAキット(Cortisol, Oxytocin用)に関しては、キットの消費期限が設定されているため、実際に唾液採取が始まり、ある程度の検体数が集まった時点で適宜購入していく予定である。現時点では、若干進捗の遅れが生じているため、予定していた研究成果発表予算を執行していない、また、平成29年度参加した学会の殆どが東京で行われたため、旅費等の経費が抑えられた。今年度は、毎週獨協医科大学埼玉医療センターで研究を行うため、交通費の支出が予定されている。また、定型発達児への謝金も今年度は生じる。全体として、適切で健全な研究費の活用を予定している。
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