研究課題/領域番号 |
17K01998
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
笹岡 正俊 北海道大学, 文学研究科, 准教授 (80470110)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 植林事業 / 土地紛争 / 環境ガバナンス / 被害 / スマトラ / ポリティカルエコロジー / 紙・パルプ産業 |
研究実績の概要 |
H29年度は文献調査により、調査対象地であるスマトラ島ジャンビ州テボ県のB 集落(世界有数のパルプ・製紙企業であるA社にパルプ原料を供給する植林企業で、ジャンビ州で操業を行うW社によって多くの土地を失った農民が植林事業地に入植して作った新しい集落)の土地紛争史、および、紙パルプ原料生産用の植林事業がもたらす様々な環境・社会問題に対処するためのガバナンスの形成プロセスを詳細に明らかにした。また、環境社会学分野における先行研究のレビューを行い、環境変化による「被害」を把握する研究視点および研究手法に関する議論を整理した。 また、本年度はB集落で約2週間の現地調査も実施した。 現地調査では、土地紛争のなかで住民の意見を集約し、植林企業と折衝を行っている農民組合のリーダーたちにキーインフォーマントインタビューを行い、土地紛争解決プロセスに関する最新の情報を収集した。 加えて、植林事業地に再入植し、植林地を「違法」に占拠している住民たち約30世帯にインタビューを行い、世帯の基礎情報、移住者に対してはここに来るまでの経緯、アブラヤシおよびゴムの農業経営、林産物利用、陸稲栽培のための焼畑の経営の2013年以降の変化、河川漁労の実態などについての情報を集めた。 その結果、(1) 老齢天然林(rimbo)や二次林(belukar tuo)のほぼすべてが植林企業により伐採されたことで、かつて行っていたジェルナン、ロタン、ダマール、ハチミツなどの商品林産物を採取・販売が不可能になったこと、また、(2)事業地内での森林火災防止の責任を強化する大統領令が出され、植林企業による火入れの取り締まりが厳しくなったこと、および、焼畑用地のほとんどがアカシアの植林地に転換されたことから、焼畑による陸稲生産が困難になり、かつて存在したコメ自給システムが崩壊したことなどが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、紙・パルプ原料の生産地において、植林企業と土地をめぐって紛争が起きている地域社会を研究対象地として、植林による環境変化と土地紛争により地域の生活者がどのような「被害」を被ってきたかを総体的・内在的に明らかにすることを目的としている。 「研究実績の概要」で述べたように、文献調査により紛争の経緯をより詳細に明らかにできたこと、また、現地調査で行ったキーインフォーマントインタビューや世帯調査によって林産物採取・販売の衰退とコメ自給システムの崩壊といった植林事業がもたらした地域の人びとの暮らしの大きな変化の一端を把握することができた。今後は、さらに包括的・内在的に被害を理解するために、こうした暮らしの変化を当事者がどのようなものとして理解しているかについてより踏み込んだ調査が必要である。また、植林地にかこまれて生活すること、紛争状態(土地をめぐって争ったままの状況)を生きることがもたらす「被害」についての当事者の認識についてはまだ踏み込んだ調査ができていない。 以上の課題を残しつつも、一年目としてはおおむね順調に進んでいるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの進捗状況」で述べた課題に取り組む。それとともに、昨年度の調査のなかで新たに得た以下の課題にも取り組んでいく。 世帯調査を進める中で、新入植地にはこの土地をもともと利用していた地元住民のほか、他所から土地を求めてやってきた新規入植者が多数居住していることがわかった。そして、もともと植林事業地への「違法」な再入植は、植林企業にとられてしまった慣習地を取り戻すための農民の運動として行われたものであったが、自らの土地権をより強固なものにするため、地元住民が域外の土地なし農民を積極的に受け入れることで、いわば不法占拠者のむらであるB集落がその規模を急速に大きくなってきていることが分かった。 これらのことから、植林企業からの土地奪還を求めたB集落に居住する農民たちの運動は、単なる土地に対する地元民の慣習的権利の回復という意味を超えて、国家のセーフティネットからこぼれ落ちた弱者(土地なし層)の救済という公共的な意味を持った運動として理解できるかもしれない。この点についても今後の調査で関連するデータを集め、さらに掘り下げて考察していく。こうした、植林事業地における農民たちの「違法な」土地占拠を伴う土地奪還運動の公共的意味を問うことで、「違法な」土地占拠の「違法性」を脱構築する(マイナスのイメージを伴う「違法」行為を異なる視点から眺め、その積極的な意味を浮かびあがらせる)ことができるかどうか、その可能性を視野に入れつつ、調査研究を進めていく。
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