最終年度は、スマトラ島ジャンビ州テボ県のB 集落におけるフィールド調査で得られたデータの分析結果と文献調査の結果をまとめ、『誰のための熱帯林保全か―現場から考えるこれからの「熱帯林ガバナンス」』(笹岡正俊・藤原敬大編,新泉社,2021年3月刊行)所収の二つの論文として発表した。 研究期間全体を通じて本研究では,以下の点を明らかにした.第一に,土地紛争の責任ある解決などを謳った自主行動方針(環境や人権をまもるために企業自身が守るべきルールを定めたもの)である「森林保護方針(FCP)」をA社が宣言した後も、紛争解決のプロセスは実質的には進んでいない。植林企業と事業地内に居住しているB集落住民とが協働で土地境界画定を行う合意が結ばれたが、植林企業側による度重なる延期により土地確定作業は進んでいない。第二に、こうしたなか、B集落住民の多くは、樹園地や焼き畑用地や林産物採取地として利用してきた土地が囲い込まれることによる生計手段の喪失といった被害のほかに、将来設計を明確に描けないことの不安などの精神的被害を経験している。さらに、植林事業地に取り囲まれることによる生活環境の悪化(河川水量の不安定化、河川の水質汚染など)といった被害意識を持つものも多い。第三に、A社はウェブサイトやサステイナビリティ報告書で、環境や人権をまもるための活動に取り組んでいることを示す広報活動に取り組んでいる。それらによって構築されるイメージとB集落住民が認識している企業活動の「リアリティ」とのあいだには乖離・齟齬が存在している。また、情報発信力の格差を背景に、B集落住民が経験している被害は不可視化されている。このようなケースが他にどのぐらいあるのかは不明だが、A社への原料供給が行われる植林事業地全体で生じている土地紛争の約半数が未解決とされており、多くの人びとが同様の被害を経験している可能性がある。
|