研究課題/領域番号 |
17K02012
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
速水 洋子 京都大学, 東南アジア地域研究研究所, 教授 (60283660)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ケア / 高齢者 / 北部タイ / 語り |
研究実績の概要 |
本研究は、高齢化が進展する北部タイのチェンマイ県の都鄙において、人生の最終局面を迎えるにあたり、当事者と彼らを取り巻く社会がこれにどのように対処しようとしているのかを、彼らの語りを通して分析することを目的とする。特に様々なレベルのケアと生活の場を誰がどのように選択するのかに注目し、家族とコミュニティを強調する政策や一般社会の言説を問い直し、現在のタイ社会の動向をとらえ、老いが個々人の経験としてどのように形成され、対処されているのかを問う。 初年度となった2017年度は、4月より長期出張にてコーネル大学(米)に滞在した。世界随一を誇る東南アジア関係蔵書を有する同大学図書館で、タイの高齢者とケアを中心とする資料を渉猟する一方で、高齢者による語りと記憶をめぐる文献にあたりながら、これまで北部タイで実施した長期調査で得た語りの記録を聞き直し、読み直し、語りをいかに記述するか、どのように解釈・分析していくかを検討した。7月には、北タイで調査の機会を得て、前年度に引き続き、高齢者施設でのインタビューを実施した。 また、これまでの調査研究の成果を発表する機会があった。5月にコーネル大学の東南アジアプログラム、Gatty Lecture Seriesで口頭発表により、タイの高齢者ケアにおけるコミュニティの関わりを中心に発表し、高齢化社会を迎えたタイの地域社会で、既存の社会関係を踏まえてケアをめぐる新しいネットワークが形成されていることを考察した。9月には台湾中央研究院の若手セミナーに基調講演者として招かれ、高齢者施設での聞き取りと語りを中心に、老いとケアの経験について、また語りの分析について考察した。 このように、今年度はこれまで蓄積してきた調査結果を少しずつ形にしつつ、調査を続けてきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
高齢化が進展する北部タイにおいて、高齢者が自ら生涯を通じて形成してきた生活環境、社会関係を背景に、現在どのように老いを迎えているか、周囲との関係がどのように変遷し、それを今、どのように語るのかを、インタビューを通じて分析し、考察する本研究は、高齢者へのインタビューが基本的な方法論であり、考察対象でもある。 これまでのところ、本事業開始以前も含めると、既に30件ほどの聞き取りを行うことができている。これまでのところ、主に公立の高齢者養護施設でのインタビューが中心である。この施設は、子が老親のケアをすることが社会規範として強く認識されているタイ社会にあって、子のケアを得られない、身寄りのない高齢者や困窮した人々が収容されている。それ故、一般のタイ人にとっては、陰の存在、ごく一部の不幸な人々のための施設とされる場に、選択の余地もなく身を寄せる高齢者である。インタビューの内容は、彼らが生涯を振り返り、どのような経緯でここに至ったか、現在の家族・親族等との関係を含めて語っている。そこには、高齢を迎える個人としての生き方、親子を中心とする社会関係のあるべき形に関する多様な語りである。どのような経緯を経て、家族のケアを得られずにここに至ったのか。彼らの語りは、規範をなぞる側面もありつつ、その実、実態は多様であることを明らかにし、家族ケアをめぐる様々な感情をも明らかにしている。 こうした語りとともに、地域社会におけるケアの活動について調査することで、家族ケアに対する外からの評価・価値づけや、地域の支援の在り様が明らかになった。 こうした成果については、口頭発表や、寄稿論文の執筆(準備中)にて発信を始めている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでのインタビューは、主に公立の高齢者施設や、地域社会におけるケア活動において実施してきた。今年度は、これに加えて、現状で家族によるケアが実施されている場合の高齢者や家族のインタビューを実施する予定である。「ケアに欠ける」とされる公立施設の高齢者との、老いやケア、親子関係や家族の外延にある地域社会との関わりなどをめぐる語り方や内容の相違を検証したい。また、これまでのインタビューに顕著であった、仏教を中心とする宗教実践への関心についても考察する。 これまで蓄積してきたインタビュー・データは、音声記録のままでテープ起しがまだできていないものも少なくない。まずは、このテープ起しを進めることと、既に文字化したものについては、分析を進める。こうした資料をもとに、老いの語りの分析手法についてこれまでの人類学や臨床医学、精神分析などの諸分野の方法論を参照しながら、本プロジェクトの成果において語りをどのように位置づけ、どのように表象するのか方針を定める。 これとともに、本科研プロジェクトの前身である前科研(基盤A 東南アジアにおけるケアの社会基盤)の成果として編著が、新年度の研究成果公開促進科研費を得て刊行されるにあたり、執筆メンバーが参集して、本科研の「語り」をテーマにワークショップを実施する。
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