研究課題/領域番号 |
17K02012
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
速水 洋子 京都大学, 東南アジア地域研究研究所, 教授 (60283660)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 高齢社会 / タイ / 語り / ケア |
研究実績の概要 |
2018年度の主要な活動は三つである。第一に、北部タイの都市チェンマイにおける高齢者施設で昨年以前に実施したインタビューの分析である。老いを迎えて家族など身寄りのない高齢者の為の施設の入居者のインタビューの内容は、生い立ちや家族との関係、施設に入所するに至った経緯と、施設での日々に関するものである。12名に及ぶインタビューの録音テープを起こし、整理しながら翻訳し、分析の方途を検討した。高齢者の語りをどのように分析するのか、精神分析や医療におけるケアと語りに関わる先行研究などから学んだ。発展途上国や東南アジアにおける高齢化社会の研究はほとんどが数量分析によるマクロなものであった。一方、近年、医療とケアにおける語りの重要性が注目されている。ここではこれをタイにおける老いの経験の理解に当てる。 第二に、高齢者施設ばかりではなく、家族に囲まれた生活から一歩外に出て、社会参加する高齢者のための地方自治体などによる活動や、身体的な制限により家から出られない高齢者のためのリハビリ活動、また寝たきりの高齢者のための訪問活動など、現在タイにおいて国家と家族のはざまでどのようにケアが担われているのかを、彼らの語りに耳を傾け考察する論稿をまとめ、投稿した。タイにおける高齢者ケアの社会化についての研究は、ますます高齢化が進むタイ社会の今後を見通すうえでも重要である。 以上の二つのテーマに関わる補足のための短期現地調査を10月に実施した。 第三に、『東南アジアにおけるケアの潜在力:生のつながりの実践』(京都大学学術出版会)を編集し、3月に刊行した。編者として序章で東南アジアにおけるケアについて概説をして全17篇の研究論文からなる本書を紹介し、また各論の章を一章担当し、タイ山地における高齢者の生活とケアについての考察を、本科研による補足調査を踏まえて執筆した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2017年度は調査を実施したが、2018年度より所属先で役職についたことから思うように現地調査がしにくくなっており、そのため旅費の使用も当初の予定より大幅に減少した。その分、国内にとどまり、謝金によってテープの書き起こしの作業等を進めた。当初は、現在の12のインタビューに加え、更にもう少し実施してから分析する予定でいたが、上記理由により実施が困難となり、書き起こしたものを再読し、現状でも豊かな内容であることから、まずはこれを分析に資することとした。そして分析のために、医療や精神分析などの分野で、どのように患者の語りを分析し、意味づけているかについて先行研究から学んできた。今後は、これをもとに厚い記述と分析を行い、タイにおける最も周縁化された人々の老いの経験を語りをもとに記していく。 その他に、タイ社会におけるケアの担い手に関わるより大きな文脈に関する調査のまとめを、英文投稿論文一本と、編著一冊にて著わし、後者は年度末に刊行することができた。前者は、現在査読中である。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は最終年度であり、語りの分析結果をまとめて投稿論文として執筆したい。そのために以下の予定である。 第一に、可能であれば現地補足調査を実施して、分析結果、私自身の解釈について確認する機会を持ちたい。再度、高齢者施設や調査村を訪れ、語りそのものというよりも、語り手を囲む状況を客観的なデータ・事実により確認して、記述の厚みを企図したい。 第二に、これまでの分析結果をまとめたものを、学会や異分野の研究者の研究会で発表し、コメントや意見をもらい、吟味・陶冶したい。2019年12月にはSEASIA(Consortium for Southeast Asian Studies in Asia)の二年に一度の大会が台北で開催されるので、そこで「東南アジアにおける周縁女性の語り」というパネルを企画し、ここで発表する。それぞれ異なる状況で周縁化された女性たちの語りを5名が分析して、語りの分析や意味付けの仕方そのものについて議論する予定である。また、7月には、東南アジア学会関西例会にて、3月に刊行した編著の合評会を実施する。東南アジアにおける社会状況の変化とケアについて議論する予定である。フィールド調査に基づく本篇に対して、公衆衛生や、日本におけるケアの研究者がどのように本書や、東南アジアにおけるケアを意味づけるか学ぶ機会とする。
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次年度使用額が生じた理由 |
先述の通り、2018年度は当初の想定よりも出張旅費を少なくその分、使用額が少なかった。2019年度は、最終年度であり、補足調査とともに海外での学会出張も予定しており、そのために使用する計画である。
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