最終年度は昨年度と同様、所属先における役職のため、新たな調査に時間を充てることができなかった。一方、本課題の成果をまとめ、口頭で発表する機会が少なからず得られた。特に北部タイ、チェンマイにおける高齢者施設にて実施した高齢入居者のライフヒストリーのインタビューについて、最終年度になって、ようやくすべてのインタビューを書き起こして翻訳し終え、詳細に読み直すことができた。子が老親を介護することを当然とする規範や言説の強いタイ社会にあって、子や家族のケアを受けることができずに国立の救護施設ともいえる高齢者施設に入居している高齢者の語りである。読み直すなかで、彼らが自らのこれまでの生と施設における生活をどの様に語り、言説や国の政策について正負両様のベクトルの語りが聞かれ、しかしいずれにしてもそこにはとらわれない自らの生をも語っている。規範や言説に抗する語りが聞かれる一方で、そこから離れた各自の語りについて考察する方途を見出すことができたのが大きな収穫であった。これは、9月に東北タイのマハーサラカム大学で開催された、第13回タイ国人文科学研究フォーラムでの基調講演や、12月に台北の台湾中央研究院で開催された「アジア発の東南アジア研究コンソーシアム」の第3回大会で、「東南アジアにおける周縁女性の語り」と題して自身で組織したパネルにて発表することができ、有益なコメントを得られた。現在、この発表原稿を論文としてまとめる作業に着手している。加えて、成果として前年度末に出版した『東南アジアにおけるケアの潜在力』の書評会を開催して豊かなフィードバックを得ることができた。また、タイにおけるケアとコミュニティに関する論文を二本刊行することができた。
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