1)文献調査では、ボルネオ島サラワク州中部地域の流域社会(下流域、流域間、上流)の民族集団の移動史、婚姻関係、親族関係についてのデータ収集を行い、エドモンド・リーチならびにロドニー・ニーダムによる1950年台のプナン調査ならびに流域調査の再検討を行った。 2)臨地調査では、マレーシア領サラワク州Kemena川水系の「中流域」と「汽水域・沿岸部」で、山地民起源のイスラム系民族集団Vaie Segan(バイ・スガン)とイスラム化が進行する元狩猟採集民集団Penanについての臨地調査を行い、以下の知見を得た。「中流域」は内陸部にありながら「擬似下流」としての性格をもち、沿岸部から遡上したイスラム商人と森林産物をもたらす山地民との交易拠点となってきた。同地域ではVaie Segan を中心としたイスラム・コミュニティが形成され、Penan などの先住山地民のイスラム化も進んでいる。これに対して「汽水域・沿岸部」では、イスラム化した山地民の下流への移住などの長期プロセスを経て、Vaie Segan に加えてPenan Islamなどのイスラム集落が形成され、Melanau やSarawak Malay などの平地イスラム集団との混住が進んでいる。これらの知見は、従来、東南アジア海域社会における「山地」対「平地」といった生態環境の二分法的理解に基づいた民族範疇の固定化に疑義を投げかけるものである。
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