研究課題/領域番号 |
17K02110
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研究機関 | 島根大学 |
研究代表者 |
野村 律夫 島根大学, 学術研究院教育学系, 特任教授 (30144687)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 地質遺産 / 島根半島 / 出雲国風土記 / 神話地質学 / 地域資源 / 観光資源 |
研究実績の概要 |
今年度までに島根半島の西端域に限っていた範囲を島根半島西部山塊全域へと拡大し,また半島中央部の大船山地域と赤浦海岸に集中して地質調査を実施してきた。これらの調査によって,島根半島のほぼ全域で風土記の自然記述に対する場所の確認を行った。そして,島根半島の地質層序と地質年代に基づく地史的理解のもとに,古代人の自然観にみられる学術性を抽出し,古代人の自然観を現在の地質科学的視点で捉え直す作業を行った。この手法は,すでにアメリカやヨーロッパで「Geomythology」や「Myth and Geology」として概念化されている。まだ国内では定着していない,この概念を「地質神話学」ではなく「神話地質学」として本研究では発展させる方針で進めている。今まで,国内では神話や伝説には科学性が無いという固定観念に囚われてきたきらいがあった。しかし,たとえば,1717年に編纂された雲陽誌にある「出雲市の赤浦海岸の赤い石」は,色認識,鉱物学,異地性として運搬過程,原産地の特定などの科学を明らかにすることによって古代人の提題,すなわち「なぜ,この海岸の石は赤いのか」という自然観にはじめて答えることができる。科学的視点でみると,古代も現在も共通した自然観が根底にあることが理解できる。出雲国風土記には「黄泉の国」の記述が島根半島西部の海岸にある。そこにあるにある「脳礒(なづきのいそ)」は「脳の磯」を意味するとされる。この景観は地質学的には「枕状溶岩」からできた海岸を想起させる。このように,風土記などの古代史研究に地質科学を導入し,現場主義による基盤づくりを進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019~20年までに野外調査を中心に進めてきたため,基本的なデータの蓄積ができた状況にある。20年度で予定していた赤浦海岸の「赤い石」の地質学的解釈を島根県地学会誌にまとめた。保管していた「魚化石」が新種の可能性があったため,古生物学会(オンライン学会)で発表し,地域の新聞に掲載するとともに論文作成に向けて進めている。また,調査の過程で得た新情報など,地域に関係深い地質科学を市民対象の話題にして新聞に掲載するなど本研究の応用面についても進めた。以上のような状況からみて,ほぼ順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
出雲市平田町の東にある大船山は,出雲国風土記に神名樋山(かんなびやま)とよばれ,約1,600万年前の海底火山でできた流紋岩でできている。島根半島の山々が東西方向なのに,南北方向の山系をつくり,鳥瞰すると逆V字型となる。大船山は,出雲国風土記に記述された雨乞いの神が生まれた場所ともなっている。2018~20年度の調査を踏まえ2021年度では,この地域の地質年代を島根半島の他地域と比較しながら明らかにするための補足調査を行う。また,国引き神話として有名な島根半島は,地質学的に極めて複雑な構造をしている。とくに,島根半島の西部地域と大船山のある半島中央部の山系の形成は,地質学的変動が顕著に表れている場所である。そのため,風土記時代から人々がその地形をよく理解し,表現していたことが考えられている。 このような島根半島について,その地質形成史(地史)を日本海の形成史の中で岩相層序学的手法,地質年代と古環境の変遷過程を生層序学的手法で明らかにしていく。そして,それらの成果を基にして,出雲国風土記や雲陽誌にみられる古代の自然観を地質学的立場から検討を行い「神話地質学」の新分野を開拓する。成果はユネスコのジオパークが唱える歴史文化とつながった地質遺産として,地域振興に寄与したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
複数回の英文論文の校閲に掛かる経費を予定していたが,コロナ禍で原稿作成が遅れたため21年度に延期した。また,20年度学会参加経費がオンライン化になったため,2021年度の学会参加と薬品等の消耗品の予算として使用する計画である。
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