研究課題/領域番号 |
17K02153
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
田口 茂 北海道大学, 文学研究院, 教授 (50287950)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 現象学 / フッサール / 媒介 / 自然 / 現実 / 明証 / 意識 / 科学的現実観 |
研究実績の概要 |
神経科学者の吉田正俊氏(生理学研究所)との共同研究により、K.Fristonのいう自由エネルギー原理と視覚的意識との関係を考察し、そこに現象学的な観点を導入する試みを行った。その成果は『神経回路学会誌』に発表した。 次に、前年度の研究成果をもとにして、「意識の科学」において前提されている「現実」概念を現象学的・明証論的に吟味する研究を行った。フッサール現象学の根本的性格をあらためて吟味し、現象学の超越論的性格と現象学の自然化という一見相反する二つの方向性が、実際には具体的な現象学的研究において一つに重なる可能性を見出すことができた。その可能性は、「現象学を行う主体」についての新たな解釈を伴う。この成果は、研究論文にまとめ現在投稿中である。 また、科学的な世界観のなかにいかにして主観性や意識を位置づけるかという問題に関して、Tom Froese博士(メキシコ国立自治大学)との共同研究を進め、「自然」という形での現実観そのものを根本的に問い直す仕方で、上記の問いにアプローチした。そこでは、自然が根底的に非決定論的であること、量子現象に見られるミクロレベルでの非決定性と、決定論的に見えるマクロレベルの現象、そしてやはり非決定論的に見える生命現象や意識現象との関係を、自然の中にある決定性を相殺する動きから論じた。この成果は査読誌に投稿し、年度をまたいだが、2019年4月に出版された。 上記の研究に関連して、科学における数学の役割、そのイデア的性格と経験的現実との関係について、西郷甲矢人氏(長浜バイオ大学)との共同研究により、現象学的観点と数学的・物理学的観点を密接に関連づける仕方で研究した。この共同研究の成果をまとめた書籍の執筆が2018年度中にほぼ終わり、現在原稿完成の最終段階にある(2019年中に出版予定)。 以上の成果はいずれも現象学の媒介論的解釈に大きく寄与した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2018年度は、科学的世界観の根底に潜む「現実」概念の明証論的・現象学的吟味を第一の目標としていたが、Tom Froese氏との共同研究による「自然」概念の捉え直し、西郷甲矢人氏との共同研究による数学と現実との関係をめぐる根本的な考察を通して、この第一目標を予想以上に進展させることができた。吉田正俊氏との共同研究からも、視覚的意識と現実との関係、そこにおいて「現実」とはわれわれにとって何を意味するのかを考える上で重要な成果を得ることができた。そこでは、われわれが視覚的経験から現実について知るということが何を意味するのかについて、現象学・エナクティヴィズム・神経科学の交差地点で考察することが重要な洞察をもたらしうるということを例示することができた。さらに、フッサール現象学の超越論的性格、それと自然的生との関係、そこにおける現象学する主体の根本的な役割についてあらためて考察することにより、「現実」概念の現象学的再解釈、その媒介論的な展開をめぐって、新たな成果を得ることができた。この成果は、投稿論文にまとめることができたほか、さらに新たな論文・書籍の準備として役立った。この点でも重要な進展があったと言ってよい。 第二に、2018年度は科学における数学のイデア性の解釈と、客観的測定の意義の考察を目標としていた。この点に関しては、西郷甲矢人氏との共同研究によって、本質的な成果が得られた。数学と現実との関係を、数学の生成という観点から考察し、科学的法則が現実に対してもつ意義についても踏み込んだ解釈を行うことができた。客観的測定の意義については西田幾多郎の時間論をも参照しつつ考察しようとしたが、この点についてのみ、まだ本質的な成果には至っていない。ただし、西田の純粋経験論と場所論を参照しつつ、意識を超えた現実に自己がどのように関係するかを考察した論文を出版することができた。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究は、第一にフッサールのテキストおよび研究文献の読解、第二に神経科学および認知科学の文献の調査、第三に数学者・神経科学者・認知科学者との共同研究をさらに発展させることによって推進していく。これまでの研究、とりわけ科学者との共同研究がきわめて順調だったので、基本的にはこれまでの研究の方向や手法をさらに推し進める仕方で次年度の研究を進めていきたい。 2019年度は、これまでの成果を生かして、「現実」概念の媒介論的解釈をさらに推し進め、それを論文等にまとめていく。これまでの成果は、「現実」概念を媒介論的に解釈するための準備として、きわめて重要である。西郷甲矢人氏との共同研究は、とりわけ重要な洞察をもたらしてきた。この共同研究を書籍の形にまとめることによって、これまでの成果を整理された仕方で提示していく。 その過程で、「現実」概念の媒介論的解釈がより明確な形をとると予想される。吉田正俊氏、金井良太氏(アラヤ)との共同研究を通して、意識論的な角度からも「媒介」概念の彫琢を進め、その成果を論文化していく。 これらの成果をすべて集約しつつ、書籍の形で、「現実」概念の媒介論的解釈をまとめていく。その過程で、重要な成果や今後の見通し、現実理解にもたらすインパクトなどを整理することができ、本研究全体の成果をより説得的な仕方で提示することが可能になると考えている。
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