前年度に引き続き、現象学的思考の再構築を通して、「意識」を現実のなかにどう位置づけたらよいか、それによって「現実」そのものの見方・捉え方がどのように変容するかについて考察した。現象学、ならびに近代日本哲学(西田幾多郎・田辺元)の思考を参照して考察を深めるだけでなく、神経科学者・数学者・認知科学者・ロボット研究者らとの共同研究を通して、現代の科学的思考とも適合性が高く、哲学的にも自然な現実観の彫琢を進めた。 今年度はとりわけ、西郷甲矢人氏との共同研究を通して数学における圏論的思考が、現象学的現実観の変容と彫琢にも大きな寄与を果たしうる点を明らかにし、共著論文として発表した。そこでは一つのケーススタディとして、自己と他者の関係を圏論的に表現することを試みた。「スライス圏」の構造を援用することにより、一見謎めいて見える自他関係のモナド論的構造を明確に描き出すことが可能となったほか、フッサールにおける「原自我」の概念にも新たな解釈をもたらすことができた。 また、大塚淳氏、西郷甲矢人氏との共同研究により、現象学的明証論の観点から、統計学に一つの哲学的解釈をもたらすことを試みた。そこでは、「真なる分布」として言及されるものの微妙な意義が明らかにされ、それを通して逆に、現象学における「十全的明証」の意義について新たな解釈を提示することが可能となった。そこでは、決して取り押さえられないにもかかわらず、それなしには知や経験のプロセスが始まらないような次元に新たな光を当てることができた。 さらに今年度は、ハンガリーのセゲド大学の研究グループとの共同研究により、現象学的心理療法と神経科学の交差をめぐる共著論文を発表することができた。また、以前から活動を続けてきた田辺哲学の研究グループからは、田辺哲学研究の現時点での到達点を示す論文集を編纂し、上梓することができた。
|