研究課題/領域番号 |
17K02156
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
音喜多 信博 岩手大学, 人文社会科学部, 准教授 (60329638)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 現象学 / 哲学的人間学 / メルロ=ポンティ / ドレイファス / マクダウェル / テイラー |
研究実績の概要 |
平成30年度においては、2007年に"Inquiry"誌上において展開された「マクダウェル=ドレイファス論争」の内実、およびその成果をふまえて執筆されたH・ドレイファスと Ch・テイラーの共著『実在論を立て直す(Retrieving Realism)』(2015)について集中的な研究をおこなった。その結果、以下のようなことが明らかになった。マクダウェルによれば、人間の感性的経験は経験主義的な「裸の所与」なのではなく、はじめから悟性的概念によって浸透されているのであり、(少なくとも潜在的には)命題の一部となって、経験の正当化に寄与することができるのでなければならない。これに対して、ドレイファスは、ハイデガーやメルロ=ポンティの実存主義的現象学の立場からマクダウェルの「概念主義」を批判し、言語的な概念化以前の「動機づけ(motivation)」の秩序を取り出している。ドレイファスによれば、熟達者(フロニモス)の行為やアフォーダンスの非反省的な知覚には言語的な概念が介在していないにもかかわらず、それらはマクダウェルが批判するような「裸の所与」ではない。なぜなら、これらのものも、主体に対して適切な行為を促してきたり、さらなる知覚的な明晰化を促してきたりする点において「規範的」なものと言えるからである。この規範性の存在ゆえに、われわれは事後的に行為や判断の理由を述べることができるようになる。ドレイファスは、「原因の空間」と「理由の空間」の区別の手前に位置づけられていながら一種の規範性をもつ領域を、メルロ=ポンティにならって「動機づけ」の領域と呼んでいる。本年度の私の研究の独自性は、以上のようなドレイファス/テイラーの考察を手がかりにしながら、メルロ=ポンティにおける「運動志向性」と「知覚の規範的性格」に焦点を当てて、彼のいう「動機づけ」の領域についての考察をおこなった点にある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「交付申請書」の「研究実施計画」においては、平成30年度には、マクダウェルにおけるアリストテレス的自然主義、すなわち「第二の自然の自然主義」の内実について、基本的な整理をおこなう予定であった。しかし、勤務校において半年間のサバティカルが取得できたこともあり、本年度は、マクダウェル自身の思想の整理と並行して、当初は平成31年度(令和元年度)の研究テーマとして計画されていた「マクダウェルの「概念主義」とそれに対する現象学的批判」に関連する研究成果をもあげることができた。この点においては、本研究課題は当初の計画よりも進展していると言うことができる。しかし、下記の「今後の研究の推進方策」でも述べるように、哲学的人間学とプラグマティズムとの関連について、より詳しく研究する必要が出てきたこともあって、研究全体の方向性が若干変更される見込みである。したがって、研究全体として当初計画より進捗が著しいとまでは言うことができず、評価は「おおむね順調に進展している」とした。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度においては、マクダウェルのアリストテレス的自然主義について詳細な研究をおこなうというよりも、ドレイファス(およびテイラー)が現象学的研究の成果をどのようにマクダウェルの認識論と対峙させようとしているのか、ということに焦点を当てることになった。その際、ドレイファスは、実存主義的現象学をプラグマティックな観点から解釈しているということが明らかになった。一方で、マクダウェルは、彼が批判するデイヴィドソンとともに「ネオ・プラグマティズム」の流派に属する思想家であると目されている。したがって、現象学的人間学とマクダウェルとの対比をおこなううえでは、双方の思想のプラグマティックな側面に注目することが有益であると考えられる。 そこで、平成31年度(令和元年度)においては、「交付申請書」の「研究実施計画」から若干の変更をおこない、つぎのようなテーマで研究を推進していきたい。すなわち、(1)平成30年度からの継続として、メルロ=ポンティ現象学についてのプラグマティックな解釈がもつ認識論的射程について検討するとともに、(2)メルロ=ポンティが大きな影響を受けているM・シェーラーが、プラグマティズムに対してどのような評価をしているのか、ということを考察の主題としてみたい。具体的には、シェーラーの「認識と労働」(1926)などにおける行為論的な認識論について検討をおこなう。シェーラーは、哲学的人間学の中心に位置づけられる思想家であり、彼のプラグマティズム理解を整理することは、他の哲学的人間学の思想家の思想内容を理解するうえでも、寄与するところが大きいと考えられる。この平成31年度(令和元年度)の研究成果を生かして、令和2年度には、哲学的人間学の思想とマクダウェルの思想とを総括的なかたちで比較する研究に従事したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成30年度において次年度使用額が生じた理由は、主に物品費(特に図書購入費)に関連している。本年度は、「マクダウェル=ドレイファス論争」に関連する文献を多く購入したが、その他の文献、特に英米系の認識論や知覚の哲学に関連する一般的文献については、調査が詳細に及ばず、多くを購入することができなかった。次年度以降は、研究計画を若干変更し、現象学とプラグマティズムとの関連について研究する予定であるので、当初は見込んでいなかったプラグマティズムに関連する文献の購入が新規に必要となる。本年度の未使用分は、主にそちらに充てる予定である。
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