研究課題/領域番号 |
17K02156
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
音喜多 信博 岩手大学, 人文社会科学部, 准教授 (60329638)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 現象学 / 哲学的人間学 / 看護論 / ベナー / ルーベル / ドレイファス |
研究実績の概要 |
年度初めには、「徳倫理学」という観点から、マクダウェルとシェーラー/メルロ=ポンティの比較をするという研究方策を立てていたが、シェーラーとメルロ=ポンティを主題的に扱った研究実績はあげることができなかった。しかし、それに関連する成果として、第25回日本糖尿病教育・看護学会学術集会において、P・ベナーとJ・ルーベルの共著『現象学的人間論と看護』(原著:The Primacy of Caring:Stress and Coping in Health and Illness,1989)を中心とした現象学的看護論についての教育講演をおこない、講演の記録を執筆することができた。ベナー/ルーベルは、ハイデガーやメルロ=ポンティの現象学、および彼らに大きな影響を受けたH・ドレイファスの思想に基づく看護論を展開している。私は、その意義を以下のふたつの観点から究明した。(1)ベナー/ルーベルは、慢性疾患の患者の「病い」体験を、世界内存在としての患者という鍵概念のもとに、5つの現象学的観点から分析している。このような現象学的分析は、熟練看護師が患者とのコミュニケーションのなかで、どのように患者の「病い」体験を共感的に理解しようとしているのかを言語化する試みであり、看護実践における暗黙知を新人の看護師に伝達するという看護教育の営みにあたって、重要な貢献をなしうる。(2)さらに、ベナー/ルーベルは、看護現場における熟練看護師の卓越した技能性そのものを研究対象としているが、それは普遍的な規則に従うことではなく、状況に促されながら適切に判断・行為できるという能力、すなわち実践知である。したがって、ベナー/ルーベルが主題としているものはアリストテレス的なフローネーシスと言えるものであり、その意味において、彼女たちの思想はマクダウェルの徳倫理学に結びついてくるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2020年度においては、新型コロナウィルス感染症の感染拡大への対応のため、所属機関の教育業務や運営業務に多大の時間を割かざるを得ず、交付申請書における「研究実施計画」や年度初めに立てていた「今後の研究の推進方策」どおりに研究を推進することができなかった。そのため、2020年度までであった補助事業期間の延長を申請し、2021年度まで延長することが承認された。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度においては、以下のような研究をおこないたい。マクダウェルは、『心と世界』(1994年)において、言語的な概念能力をもつ人間と他の「もの言わぬ動物」との差異を強調する。人間は言語をもつことによって自己意識的な存在となったが、それは同時に、自分の外にある「客観的世界」という観念をもてるようになったことに相応する。人間のみが、自分の感性的経験やその環境を外側から「自由で離れた態度」で眺めることができ、命題的態度によって自分の経験内容の真偽を問うことができるというわけである。私は、人間の自己意識と客観性の意識が相関しているという主張自体には賛同するが、マクダウェルの議論には「言語的概念の内か外か」という分析哲学が共有する極端な二項対立が存在すると考える。これに対して、現象学的には「客観性」の生成そのものを考察の主題とすべきであり、それは「間主観性」という観点から捉えられなければならない。私は、この間主観性の問題について、シェーラーとメルロ=ポンティの現象学的他者論の観点から研究してみたい。『同情の本質と諸形式』(1923年)のシェーラーによれば、他者の理解とは、第一義的には「類推による推論」によるのではなく、身体的な情動表現や表情の直接的知覚によるものである。さらに、1949-51年度のソルボンヌ講義におけるメルロ=ポンティは、他者の理解とは第一義的には、世界内で行為する他者の実践的意図の理解であると考える。メルロ=ポンティによれば、言語的なコミュニケーションの下にあって、それを可能にしているものとして、知覚における身体的志向性の共有の層が存在し、いわゆる「客観性」の生成はここに起源をもつ。本年度は、以上のような観点からマクダウェルの理論と現象学的人間学とを対比することによって、両者の共通点と差異を明らかにし、5年間の研究の総括をおこないたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度においては、新型コロナウィルス感染症の感染拡大への対応のため、所属機関の教育業務や運営業務に多大の時間を割かざるを得ず、交付申請書における「研究実施計画」や年度初めに立てていた「今後の研究の推進方策」どおりに研究を推進することができなかった。そのため、2020年度までであった補助事業期間の延長を申請し、2021年度まで延長することが承認された。以上のような事情により、次年度使用額が発生した。 次年度の使用計画としては、本年度の当初の計画と同様、以下のようになる。現象学的人間学と対比させるべき対象が、マクダウェルだけではなく、プラグマティズムやネオ・プラグマティズム一般へと広がったため、この分野に関連する文献の購入が新規に必要となる。また、新型コロナウィルス感染症の感染拡大のため、旅費の使用は限定されるものと思われるが、そのかわり、オンラインでの学会・研究会や打ち合わせ等に参加するためのコンピュータ関連の周辺機器などを購入する必要がある。本年度の未使用分は、主にそれら(物品費)に充てる予定である。
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