研究課題/領域番号 |
17K02156
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
音喜多 信博 岩手大学, 人文社会科学部, 准教授 (60329638)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 哲学的人間学 / 現象学 / メルロ=ポンティ / トマセロ |
研究実績の概要 |
2021年度の研究において私は、現代の比較発達心理学の研究者であるM・トマセロの議論と比較しながら、メルロ=ポンティの他者論および言語論の現代的な意義を評価した。メルロ=ポンティは、『知覚の現象学』(1945年)や1949-51年度のソルボンヌ講義において、言語獲得以前の幼児の間身体的な他者関係のなかに、すでに原初的な他者理解のあり方、つまり世界内の対象をめざす他者の運動志向性の理解が存在し、それが言語の獲得を支えているということを主張している。つまり、他者の言語活動の理解も他者の行為の理解の延長線上で考えようとするのである。私は、このようなメルロ=ポンティの考え方を、『人間の認知の文化的起源』(1999年)や『思考の自然誌』(2014年)におけるトマセロの言語獲得の理論と対比した。 メルロ=ポンティは、最初期の幼児が、いわゆる「自他未分化」の経験へ埋没している状態から抜け出して自他の分化へと進んでいくにあたっては、幼児の身体図式が整備され、幼児が自分の能動的活動の内的な経験を得ることが必要であると述べている。しかし、メルロ=ポンティは、幼児が自己-他者、自己-対象という二項的関係から、自己と他者が志向性を共有しつつ対象へと向かう三項的関係へと移行する時期に関する経験的な研究を参照することができなかった。私は、この欠落を、指さしなどの「共同注意」が生じる生後9か月前後の幼児についてのトマセロによる研究によって補強できると考えた。結論として、メルロ=ポンティやトマセロの研究成果をふまえるならば、言語獲得以前の幼児においてもミニマルな自己が存在すると言え、また「共有志向性」の存在によって、それぞれのパースペクティヴを越えた世界が自他の間で共有されていると言うことができる。この研究の成果の一部は、学会発表「メルロ=ポンティとトマセロにおける他者の志向性の理解」において発表された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2021年度においては、新型コロナウィルス感染症の感染拡大への対応のため、所属機関の教育業務や運営業務に多くの時間を割かざるを得ず、研究に十分な時間を割くことができなかった。そのため、2020年度までであった補助事業期間の再延長を申請し、2022年度まで延長することが承認された。 上記「研究実績の概要」にあるように、本年度の研究は概ね年度当初の「今後の研究の推進方策」に沿って遂行されたと言えるが、具体的な研究成果としては、マクダウェルの理論を直接的に検討した成果を発表することができなかった。そのため、進捗状況の成果は「やや遅れている」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
マクダウェルは『心と世界』(1994年)において、人間の感性的経験がすでに概念化されているという「概念主義」の主張をおこなう際に、つぎのような人間学的な前提を抱いていた。つまり、人間は言語をもつことによってはじめて自己意識的な存在となり、同時に、自分の外にある「客観的世界」という観念をもてるようになった。言語的存在である人間のみが、自分の感性的経験やその環境を外側から「自由で離れた態度」で眺めることができ、命題的態度によって自分の信念の真偽を問うことができる。そのことが可能であるためには、そもそも感性的レベルにおいて人間の経験は概念化されていて、命題の正当化に資することができるのでなければならない、というわけである。ところが、上記「研究実績の概要」に記したようなメルロ=ポンティやトマセロの研究成果は、マクダウェルの人間学的な前提に対する反論となっている。つまり、メルロ=ポンティらが主張するように、言語の獲得以前の幼児において他者のパースペクティヴの理解が始まっているとすれば、他者と区別される原初的な自己の意識がすでに存在することとなるであろうし、さらに、言語によってはじめて可能となる「客観的世界」以前に、その基礎となる「間主観的世界」が異なるパースペクティヴをもつ他者との間で共有されていることになるであろう。 私は、メルロ=ポンティやトマセロの立場に立つならば、人間の感性的経験と他の動物のそれとの連続性を認めるとともに、概念主義をとらずとも両者の違いを尊重できるような理論を形成できるものと考える。以上のような観点から、2022年度の研究においては、『知覚の現象学』を中心としたメルロ=ポンティの現象学的人間学と、『心と世界』で表明されているマクダウェルの「第二の自然の自然主義」とを改めて比較してみたい。そのことによって、本研究課題全体の総括となるような研究をおこないたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度においては、新型コロナウィルス感染症の感染拡大への対応のため、所属機関の教育業務や運営業務に多くの時間を割かざるを得ず、研究に十分な時間を割くことができなかった。そのため、2020年度までであった補助事業期間の延長を再度申請し、2022年度まで延長することが承認された。以上のような事情により、次年度使用額が発生した。 次年度の使用計画は以下のようになる。本年度の研究を進める過程で、哲学的人間学の文献のほかに英米圏の言語哲学や言語学関連の文献の購入が必要であることが明らかになった。特に、トマセロのような認知心理学や比較発達心理学の観点から言語の発達を考えるような経験的な研究成果については所属機関には所蔵が少なく、この分野の文献の購入が必要となる。また、マクダウェルに関連する二次文献も相当数購入する必要がある。また、新型コロナウィルス感染症の感染拡大のため、旅費の使用は限定されるものと思われるが、そのかわり、オンラインでの学会・研究会や打ち合わせ等に参加するためのコンピュータ関連の周辺機器などを購入する必要がある。本年度の未使用分は、主にそれら(物品費)に充てる予定である。
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