令和2年度の研究においては、描写の理論の火付け役であると同時に、しばしば幻影説と呼ばれる立場の提唱者として知られるゴンブリッチに注目し、その基本論点についての分析、検討を行った。 ゴンブリッチの議論が描写の問題をめぐるその後の分析哲学者たちの研究にとって欠かせないきっかけを与えた点は広く認められているが、当人の論点がどれだけの妥当性を持つか、否、そもそもどのような理論的内容を持っているかという点は、従来、必ずしも踏み込んだ検討が行われてこなかった。むしろ、ゴンブリッチについては、その印象的な二三の論点が簡単に取り上げられ、退けられるというだけの扱いに終始してきた。 よく言われるところでは、ゴンブリッチは、絵画を見る経験を、平面上の筆致や絵の具の布置を見る経験と、描写内容に当たる多様な事物の姿を見る経験とが、ちょうど反転図形を見る場合のように反転するような経験として説明しているのだとされる。そうした解説にはまた、そうした反転が明らかに事実に反するとの批判が添えられている。しかし、こうした解説と批判は誤解に基づく。R2年度末に発表した論文「ゴンブリッチの画像表象論」では、こうした誤解と関連した不当な批判を退けるとともに、ゴンブリッチのより積極的な論旨について、主著『芸術と幻影』に即して解説を行った。それは単なる回顧ではなく、同時に、ゴンブリッチ以後、現在に至る分析美学の中で提出されてきた一連の関連論点がすでにゴンブリッチに萌芽していることの確認でもある。 なお、R2年度には、関連業績として、フィクション概念に関する事典項目の執筆、ならびに、グライスの意味の理論に関する研究書の書評執筆を行った。
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