研究課題/領域番号 |
17K02163
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
佐々木 拓 金沢大学, 人間科学系, 准教授 (70723386)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 依存症 / 非難 / 責任能力 / 非難の哲学・倫理学 / 非難の関係性説 / スキャンロン |
研究実績の概要 |
平成30年度では、前年度に引き続き、非難の哲学・倫理学および依存症関連の資料を収集し、文献調査を行うとともに、以下の課題について研究発表および論文の公刊を予定していた。その課題とは、第一に非難の本性と帰属条件に関わる諸理論を整理すること、第二に非難の本性の諸理論に対応した依存者の責任能力を同定すること、第三に依存者への非難を差し控える条件を同定することである。第一の課題については、「関係に基づく非難――スキャンロンの非難の関係性理論の検討」(『倫理学年報』第68集)および「アンジェラ・スミスの非難の抗議説について」(『哲学・人間学論叢』第10号)においてその成果を発表した。また、第二、第三の課題については、東京大学のPhilosophy of Psychiatry and Psychology研究会および立命館大学先端総合学術研究科生命倫理研究会から講演を依頼され、研究成果のアウトリーチを行った。 これらの論文、講演において明らかにしたのは、依存症者への非難においては、非難する者と依存症者との関係が重要になるという点である。われわれは人々と多様な関係を築いているが、その関係においてわれわれは関係する人との間に特定の期待と意図とを相互に持ち合っている。そして非難とはこの相互的な期待が外れたことに対する反応である。依存症者に対する非難において問題なのは、依存症者が依存症のために自身がコントロールできる事柄が限定されているにもかかわらず、依存症者への期待が変化していないという点である。本研究では、このずれこそが依存症者に対する非難の失敗の原因だということを示した。依存症者と適切な関係を保つには適切な行為者性の理解が必要であり、依存症者にどのような行為者像を期待するかが重要になる。本年度の研究の意義は、この洞察により依存症者に対する非難の指針を部分的に提供した点にある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度では非難の哲学・倫理学に関する論文を2本発表し、その中で、非難の本性と帰属条件に関わる諸理論を整理すること、非難の本性の諸理論に対応した依存者の責任能力を同定することという二つの課題を達成することができた。また、アルコール・薬物依存関連学会学術総会に参加したり、精神科医が参加する東京大学Philosophy of Psychiatry and Psychology研究会において講演を行うことで、精神科医との交流を広げるとともに、自身の依存症理解を深めることができた。本研究の目的のひとつとして、精神科医の臨床に対して哲学・倫理学の側から依存症者の責任についての理解を提供することがあげられるが、今年度の研究成果の公表は着実にその目標に近づいていることを示している。 ただ、非難の本性に関する研究が進展する中で、その問題領域の広大さがしだいに明らかになってきた。そのため、予定していた国際学会での発表をとりやめ、非難の哲学・倫理学の問題圏を正確に把握することを目的として、「非難の哲学・倫理学研究会」を立ち上げ、第1回研究会を開催した。 国際学会での研究発表をとりやめたものの、本年度の研究は申請時に計画していた課題を十分に達成しており、研究は順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、「治療関係者に有用な、依存者の行為者性理解のための思考枠組みを提案する」という目標を達成するため、以下の4つの課題を設定した。1.非難の哲学・倫理学をめぐる議論の現状を把握し、非難の本性と帰属条件に関わる諸理論を整理すること、2.非難の本性の諸理論に対応した依存者の責任能力を同定すること、3.依存者への非難を差し控える条件を同定すること、4.道徳的非難可能性の背後にある価値観としての人間像を明らかにすること。 これらのうち、1~3についてはこの2年間の研究によって達成できたため、来年度の研究においては4を完遂した後に、最終的な目標である思考枠組みを完成させ、それを依存症関連学会で公表することが目指される。 以上は当初見込まれていた計画通りである。
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