本研究の目的は、依存症に関わる医療者や支援者が依存者の行為者性を再考するのに資する責任評価の思考枠組みを構築することである。この目的を達成するために令和元年度には、「依存者への非難を差し控える条件の同定」および「道徳的非難可能性の背後にある価値観としての人間像の同定」という課題の達成を通じて、最終目標の達成が目指された。 これらの目標については、共著書『心の臨床を哲学する』(新曜社、2020年5月出版)にて執筆した論文「薬物依存症者に対する適切な非難のあり方--非難の関係性説に基づく依存行動への対応」において概ね達成された。本論文で示されたのは、われわれは薬物依存症者を正当に非難するためには特定の関係に入らねばならないが、その関係のなかでどのような規範を互いにもつかによって非難に値する行為とそれを非難する条件、およびそれらを支える人間観が決定される。したがって、非難(およびそれを差し控える)条件は個別の関係によって変化することになるが、あらゆる関係において満たすべき条件が存在する。それは、相反する価値間で選択をする能力(目的選択能力)と特定の目的を遂行するのに効率的な手段を選択する能力(手段選択能力)を区別し、それぞれの能力の程度に応じた関係内規範を構築すべぎだというものである。これはあらゆる責任評価枠組みが満たすべき最低限の条件であり、これを特定できたことが本研究の最たる成果である。 この関係に基づいた責任帰属のあり方の考察は依存症の事例以外にも適用可能である。その一例が、関西倫理学会2019年度大会シンポジウムのパネル発表「ルールの厳格な適用のみが審判の役割か:ショートトラックスピードスケートにおける不正スタート判定を事例として」である。本研究では依存症の事例を超えて、幅広い責任帰属の文脈で適用可能な責任論のモデルを提出したと言える。
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