研究課題/領域番号 |
17K02170
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
中 真生 神戸大学, 人文学研究科, 准教授 (00401159)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 生殖 / ジェンダー |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、「生殖」 の観点から、自分の知やコントロールを超えた「他なるもの」との関係が主体のあり方をどう形成しており、また変容させるかを、ジェンダーに着目しながら身体の次元で具体的に解明することであるが、本年度は、所属大学の派遣制度により、英国のオックスフォード大学ウエヒロ実践倫理センターに10か月半、アカデミックヴィジターとして所属して、その環境を生かしながらこの研究を進めることができた。 理論的研究としては、「母であること」(motherhood)を、ジェンダー、身体、他者との関係に着目しながら再考し、産むことと、「母」であること、言いかえれば、育てることをはじめとした一番の親であることを、分離して考える必要があること、そして「母であること」は、子ども産んでいない男親や養親にも拡大しうることを主張して、雑誌『思想』に寄稿した論文にまとめるとともに、所属していたセンターのセミナーで発表した。さらに、流産をはじめとする生殖における死を取りあげて死について考察する論文も発表した。また、現実の具体的問題とかかわる実践的研究としては、産むことと第一の親であることの分離の具体例の一つとして「赤ちゃんポスト」の問題を取り上げ、イギリスで開催された学会で発表した。さらに、所属センターの開催する多数のセミナーや講演会を通じて、あるいはイギリスで開催されたシンポジウムを通じて生殖技術や妊娠・出産に関する最先端の研究に触れ、意見交換をすることができた。また、アイスランドでは、アイスランド大学教員や市役所の男女平等政策にかかわる職員に、「生殖とジェンダー」というテーマでインタビューを行うことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
理論的研究においてはおおむね計画通りに進行している。本年度は、「母性」(「母であること」)に焦点を当て、とくにジェンダーの観点から生殖を考察する研究を推し進めることができた。一点だけ予定通りにいかなかったのは、「生殖における死」に関する研究である。当初の計画では、中絶、流産・死産などの「生殖における死」に関する文献調査、読解を系統的に行う予定であったが、予定していたほどには進まなかった。ただ、「「死の所有」と生のリアリティ」という論文では、死の問題を広く考察する中で、中絶や流産をはじめとする「生殖における死」を取りあげ、本研究の一部を成す考察を概略的に展開することができた。今後、この分野の文献調査を本格的に進め、この考察をさらに具体的に発展させるための足がかりを形成することができたと考えている。 調査研究を含む実践的研究については、ジェンダーや性の多様性についての政策や社会実践がもっとも進んでいる国の一つであるアイスランドでインタビューを実施できたことは本研究にとって大きな意義があった。また、所属センターが主催する講演会やセミナーで、サウサンプトンで行われた”The Philosophy of Pregnancy, Birth, and Early Motherhood”などで、生殖技術や妊娠出産、養育にかかわる実践的研究の第一人者たちの話を聞いたり、意見交換をしたりできたことは本研究にとって非常に有意義であった。一方、現地での現況調査はほとんど実施できなかった。この点は今後の課題である。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は、今年度までに行った、「母性」あるいは「母であること」を再考する理論的研究の成果を踏まえて、その延長であり、同時に裏面とも言える、「生殖における男性の経験」を中心に研究を推進する。今年度予定通りに研究の進まなかった「生殖における死」に関しては、これを生殖の中のひとつの領域としてある程度独立に研究するのではなく、これまでの研究を延長、補足する過程で、これに組み入れること、つまり、再考された「母であること」の拡大や「生殖における男性の経験」考察を展開する過程で、中絶や流産・死産についての具体的状況や経験、そしてそれを踏まえた理論的考察を組み入れることを試み、若干の軌道修正をしたい。論文「「死の所有」と生のリアリティ」を執筆する過程で得た、そのための道筋をさらに具体化していく。また同じく、産むことと第一の親であることの分離という基層となる主張に沿ったこの全体構想のひとつを成す、養子・養親の理論的、実践的研究も進める。調査研究を含む実践的研究に関しては、来年度は依頼された論文執筆等でインタビューを実施することが難しいと予想されるため、直接データとして利用する調査研究ではなく、「生殖」における父親や養親の実態に関する現況調査を中心に据えるように計画を修正したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度の研究はほぼ計画通りに進んだが、海外に滞在していたため人件費・謝金の支出がなく、その分若干の次年度使用額が生じた。次年度では人件費・謝金を中心に使用する計画である。
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