2021年度の研究実績の中心に位置づくのは、同年10月に上智大学哲学会において行った研究発表(招待あり)「〈それがすべてではない〉と語り続ける能力 ― 純粋実践理性における目的の開放と収斂 ―」と、2022年3月に早稲田大学大学院文学研究科哲学コースの『哲学世界』第44号に掲載した研究ノート「義務と責任との相補関係―カントの「拘束力」概念を手がかりとして―」である。前者では、21世紀になおカント哲学・倫理学がもっている意義を明らかにするために、「純粋理性の実践的使用」の社会批判的機能について明らかにした。この解明の過程で、「自己自身に対する義務」概念が占める位置についても言及した。後者では、「義務」概念と「責任」概念とを明晰に区別した上で、「義務」遂行の駆動力として「責任感」が有意味であること、他方、責任感の多側面性がもたらす超義務への傾向に対して、義務概念が抑止の意味を持てることを明らかにした。いずれの研究も、カント義務論における「自己自身に対する義務」の研究に資するものである。 2021年度にはまた、カントの『道徳形而上学の基礎づけ』の新訳を試みた。同書にはこれまでも多くの翻訳があったが、今回のものは従来の翻訳とは異なり、カントの所説を既定のものとすることなく、それを初めて読んだ人の思考を想定する訳文を作成した。同書第一章では「義務」が例として導入され、第二章では「義務」概念が哲学的に論じられるので、今回の科研費研究にとっても有意味な作業となった。この翻訳は、2022年度中に刊行される予定である。
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