本研究は「グローバル社会における正義論と道徳心理学の再接続」と題して、人間の正義感覚の陶冶に関する現代正義論の洞察を踏まえた上で、実践問題としてケアワーカーの国際移動に関わる倫理的問題を取り上げるものである。最終年度は、グローバル社会におけるケアワーカーの国際移動とケイパビリティの発達の関係に着目して研究をおこなった。年度始めの4月に(前年度末から引き続き)ドイツのミュンヘンでブラジル出身のオペア数人にインタヴューをおこなった。9月にはイギリスのロンドンで開催されたHuman Development & Capability Associationで"Agents of care in the connected world: Co-developing our capabilities"という研究発表を口頭でおこなった。現在のグローバル社会では、外国人ケアワーカーの受け入れに関する様々な制度がある。日本にもEPAによる外国人看護師や介護福祉士の受入れがあり、また2017年には外国人技能実習制度に介護職が追加された。ロールズは『正義論』で、正義にかなった制度の存在と、人々によるその制度の承認があれば、当該の人々には正義感覚の発達が生じると述べたが、外国人ケアワーカーの人権侵害を許容してしまっているこうした制度は正義にかなっていないため、外国人ケアワーカーの受け入れに関する正義感覚が人々のうちに未だ培われていないとしてもおかしくない。しかし、制度と人々の道徳的構えは同時に変容しうる。個人を己の善い生を追求する行為者として捉え、ケアを徳の事柄として推奨し、ケアを与える側と受け取る側双方のケイパビリティ空間の拡張に着目するケイパビリティ・アプローチの導入により、正義にかなったケアワーカーの国際移動とそれに関与する倫理的行為者を構想することが可能であるとの結論に至った。
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