研究課題/領域番号 |
17K02195
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
品川 哲彦 関西大学, 文学部, 教授 (90226134)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 正義 / ケア / 平等 / 人間の尊厳 |
研究実績の概要 |
本研究は、2021年に注目に値する研究を広く世界から集めて紹介するイギリスの電子ジャーナルScience Impactに”Towards construction of the richer concept of justice and the effective concept of care”と題して紹介されたことで、ある程度の認知と評価を得ることができた。2022年には、他人に依存せざるをえない者のみならずその者をケアする者の利害すらリベラルな社会契約論(ロールズが念頭におかれる)では汲み尽くせないと批判し、そのケアする者をさらにケアする者を用意する社会制度(ドゥーリア制度)の構築を提唱するエヴァ・F・キテイと、同様のロールズ批判を展開しながらキテイにたいする批判を表明しているマーサ・C・ヌスバウムとの比較対照を行ない、論文「人間の尊厳はくるむようにして守られる」を執筆した。法政大学出版局から刊行される『尊厳概念を問いなおす』と題する書籍(加藤泰史編)に掲載する予定だが、同書の刊行が遅れているために2022年度中には公表することができなかった。 上の作業と並行して、本人の責任ではない運による不平等の補償を提唱する平等主義の創始者であるロナルド・ドゥオーキンについて『平等とは何か』を中心に、これにかなり根本的な批判を加えている亀本洋の批判を合わせて考察を進めた。 再分配の理論には、平等主義のほかに、これまで不利益を被っていた者にたいする再分配による補償を優先する優先主義、十分な程度まで全員に分配を保障したうえで、その閾値を超えた分配については操作しない十分主義などがある。2023年3月に行なわれたシンポジウム「サスティナビリティと人文知」では、招待講演者として「環境問題における正義の概念と倫理学的思考」と題してこれらの理論と気候正義の問題との関連について言及した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2021年度実績報告書には2022年度の課題としてエヴァ・F・キテイのケアの倫理についての考察を深めることと、研究代表者が本研究ではじめて主題化する運平等主義の考察への着手であった。キテイについては(上述のように、まだ公刊されてはいないが)論文のひとつにまとめることができた。運平等主義についての考察についても、上述の進め方で優先主義や十分主義と対比しつつ、ある程度の展望を得ることができ、いわばそこから導出される系のような上述の口頭発表をすることができた。ただし、その主題についての独自の論文を書くにはいたっていない点で、全体としては「やや遅れている」と記した。なお、2022年度の予算に未執行額が残ったのは、海外出張に算定していた予算がコロナ・ウイルス禍のために海外出張をしにくい状況が続いたので執行できなかったためである。 この遅れはまた、本研究と並行して研究代表者が進めている他の研究である、ハンス・ヨナス研究(「ヨナスのスピノザ論」、『哲学論叢』50巻、2022年)、生命の尊厳の研究(「生と超越――生命論の生命疎外に抗して」、『尊厳と生存』、加藤泰史・後藤玲子編、法政大学出版局、2022年)、マルティン・ハイデガー研究(「『超政治』の政治責任」、「相互主観性、生身の人間、ハイデガー――古荘真敬氏のコメントにお答えして」、「根本的には存在的思考の存在論的思考への混入が問題である――轟孝夫氏のコメントにお答えして」、『倫理学論究』、vol. 8, no. 1,2022年)関連の論文(いずれも単著)の執筆に精力を費やしたためでもある。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度の実績報告書の今後の研究の推進方策に記したように、運平等主義の発想の源のひとつであるドゥオーキンは、必ずしも運平等主義のみに収斂するだけではないきわめて広い問題を扱った論者だが、そのさまざまな可能性をもつ思想を今一度検討することがおそらく重要な意味をもつだろうと考えている。2022年度にひきつづいて、平等主義、さらにまた優先主義、十分主義についての考察を進めたい。 ケアの倫理については、もともとケアの倫理は、倫理の根底に感情をおき、(その経験論的前提から)複数の状況に一律の普遍的な倫理的原理を適用するのではなくて今この場の個別の状況で倫理的判断を下すヒュームの考えに近いところがある。これについては、アネット・バイア―がつとに論文”The needs of more than justice”で指摘しているところだが、研究代表者はふたりの研究者とともにバイア―の訳書の公刊をめざしており、上述の論文と論文”What do women want in ethical theory?"については研究代表者による翻訳もそこに納められ、2023年度中には刊行できる予定である。その他、ケアの倫理について啓蒙する仕事としては、「作業療法ジャーナル」誌への2回の論稿の発表が内定している。 未執行に終わった予算については、コロナ・ウイルス禍の状況がいささか好転しつつあるので、当初の予定のように海外出張を行う予定である。 さいわいに本研究の主題を継続する研究が2022年度に基盤研究(C)として採択されたこともあって、本研究の研究主題はそれに受け継がれる。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究では、年に1回、調査と文献資料の収集のための海外出張のために40万円程度を計上していた。しかし、2022年度はコロナウイルスによる感染症の拡大のために海外出張をすることができなかった。そのために、上述のように、約30 万円の次年度使用額が出た。 2023年度もコロナウイルスによる感染症の拡大は予断を許さないが、できるかぎり当初の使用計画にもとづいて海外出張(出張先はドイツないしアメリカを予定)に充てる予定である。
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