研究実績の概要 |
本研究の着想は、正義と権利を基底とする近代の正統的な倫理理論にたいする、発達心理学者ギリガンに始まるケアの倫理による異議申し立てに由来する。前者は近代社会の理念を反映して自律する個人間の対等な関係を人間関係の範型とするが、現実の社会の構成員の間には、子ども、高齢者、病人、障碍者を初め、他者の援助を要するひとがいる。これはいつの時代でも事実だが、経済のグローバリゼーションに伴う格差の拡大のもとでさらに重要な問題となっている。これに応じて、弱者に対応する豊かな正義概念と、たんなる善意ではなく実効性のあるケア概念を構想することが本研究の課題である。 その具体的な課題のひとつは倫理規範の概念の対比と明晰化である、本研究はその主題とする正義、権利、ならびにケア、責任とともに、本研究の主題からは外れる善意、善行、慈愛等の諸規範を3つのグループに類別し、その根拠を明記する作業を行い、単著『倫理学入門――アリストテレスから生殖技術、AIまで』(中央公論新社、2020年)のなかに明示した。 また、本研究の課題である弱者への援助を成り立たせる要素には法・政治・経済が関わる。したがって、倫理と法・政治・経済との関わりという根本的な論点にもなにがしかの明晰化が行なわれねばならなかった。本研究はその点についても上述の著書のなかで明示することができた。 本研究の取り組みの独自性は、2021年、諸科学の先端的研究を紹介するイギリスのオンラインジャーナルによって注目され、Science Impact, no. 4, pp. 35-3に"Towards construction of the richer concept of justice and the effective concept of care"(「より豊かな正義概念とより効率的なケア概念の構築にむけて」)と題して紹介されるにいたった。
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