新型コロナウィルスのため、最終年度の渡仏を延期してきたが、23年2月に渡仏し研究を終了した。フランス国立図書館で関連文献をまとめて参照することで、幾つかの成果が得られた。コーヘン宗教哲学の形成とその内実については、無限判断の論理と宗教哲学の関連について先行研究調査により、課題を整理した。本研究ではGordinの所論に従い、無限判断が宗教哲学の体系にも貫徹したものであるとの仮説から出発した。最終年度の研究で、特に個人概念の形成に、無限判断が活かされていることが明確になった。個人の成立に他者が条件として要請されるコーヘンの個人概念は、現在日本の教育現場などで行われている哲学対話の実践においても重要な視座である。こうした個人概念を基盤とした、コーヘンの隣人愛や共同体概念は、真理探究のコミュニティの成立にとっても極めて大きな意味をもつ。哲学対話の実践は、熟議民主主義やシチズンシップ教育の有力な手段ともなるが、コーヘンのこれらの概念はそうした現代的課題にとっても示唆的である。コーヘンの「子供たち」に関する研究は、当初予定していたブランシュヴィク、ローゼンツヴァイク、シュトラウスよりは、レヴィナスおよび関連するユダヤ教パリ学派(ゴルディーン、アスケナズィ)に焦点を変更した。彼らにおける歴史哲学、とりわけHistoriosophieに関する議論(世代産出Engendrement)が、大きな物語終焉以後の歴史哲学の一つの形態として、現代倫理学における世代間倫理の議論や、反出生主義の議論において、示唆的であることが分かった。パリ学派について研究するさらに若い世代のノールマンが、ユダヤ哲学をベースにして展開した尊厳論についても、その論理を明らかにすることができた。
|