本研究では、動物倫理における「憐れみ」概念を検討するため、現代欧米圏および京都学派の哲学文献の精査を進めた。まず欧米圏の哲学史における「「憐れみ」概念を把握し、感情主義とも呼ばれるヒューム等の諸思想を解明した。そして現代倫理学・哲学の観点から考えた「憐れみ」は、自他が本質的に傷つきやすさや有限性を共有するが故に生じるものと捉えられている潮流があることが判明した。また京都学派より西谷啓治と田辺元を取り上げ、その宗教哲学について分析し、特に「自他不二」のような非二元論的思考が動物への憐れみといかにつながるかを論じた。私見では「自他不二」概念は、動物や自然のように人間とは異なる他者への配慮の理論的根拠を成立させるものとなりうるが、個別の他者への関わりを実践的・直接的に要請するものではないと思われる。そして感情からアプローチする動物倫理の事例として、現代フェミニズム思想を研究対象とし、その可能性を探索した。中でもケア倫理の動物倫理への適用をJ. ドノヴァンらが提唱するfeminist ethic of careについて論じた。この立場は、その倫理的射程が狭い関心に限定されるとの批判も受けるが、ケア倫理自体が社会全体への広がりを持つこと、個人的なものと政治的なものは分けられないことを主張している点に注目すべきである。さらに現代キリスト教思想を中心とした宗教哲学を扱い、殊に2000年以降、欧米圏で活況を呈している「動物神学(animal theology)」について精査した。動物神学には、動物を「隣人」として捉えるものや、動物と人間を同じ被造物と捉える見方等がある。その中でも、近年は動物と人間には差異があることを認める立場も現れている。しかしその差異とは人間の優位性から生じるのではなく、人間に動物に対するより大きな責任があることに由来するという観点が重要であることを解明できた
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