本研究の最終年度である本年度は、両戴記中で変礼について集中的に議論している『礼記』曾子問篇を主たる対象として研究を行ない、その成果を論文「『礼記』曾子問篇初探」としてまとめた。 この論文においては、まず今本曾子問篇の構成について分析を加え、これまでに指摘されてこなかった錯簡の存在を明らかにしつつ、今本の錯誤を訂正するとともに、もともとの曾子問篇には、「曾子問曰」と「孔子曰」をともに欠く節が無かったことを示し、曾子の問いを欠く節については、それが他の問答との関係で付加されたものであることを示した。また、問答の形を取る節については、それが他資料からの編集によるものではなく、他資料に取材しつつも、この篇の作者によって創作されたものであることを示すとともに、この篇が現実における礼の履行上の問題を解決しようとして作られたものではなく、二つの礼が交錯する場合について理論的に考察しようとするものであることを明らかにした。さらに、この篇の作者が、『儀礼』の作者集団やその忠実な継承者でないことを明らかにするとともに、この篇が『礼記』奔喪篇に遅れ、雑記篇に先立つものであり、その成立が先秦時代に遡る可能性が高いことを示した。 初年度における、『儀礼』における礼の分岐の諸相の解明およびそこに示された変礼の分析、昨年度における、『礼記』檀弓篇を対象とした変礼を含む初期礼学の展開についての分析、および本年度の曾子問篇の分析を主たる成果とする本研究は、変礼を切り口にして初期礼学の展開を思想史的に描き出す上での基礎を成すものである。 また、本研究においては、『礼記正義』の曾子問篇の部分についての詳細な注解作業もおこなっており、この三年間を通じて、その約二分の一にあたる分量の訳注を公開した。これもまた今後の礼学研究の展開の基礎を与えるものである。
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