研究課題/領域番号 |
17K02208
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研究機関 | 東洋大学 |
研究代表者 |
菊地 章太 東洋大学, ライフデザイン学部, 教授 (40231279)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 媽祖 / 東アジア / 海域世界 / 民間信仰 / 比較宗教史 |
研究実績の概要 |
本研究は東アジアの海域世界で守護女神として圧倒的な信仰を集めている媽祖を対象に、中国の民間で芽生えたその崇拝が、多様な宗教的伝統と接触を重ねて信仰圏を拡大した過程を比較宗教史の視点から解明することを目的とする。媽祖崇拝の歴史的展開と空間的拡大のありようを明らかにするための基礎作業として、研究期間内のすべての年度で文献研究と現地調査を併行して行なう。第2年度にあたる本年度(平成30年度)は、媽祖伝承に関する基本的な漢文資料の解読・邦訳作業を継続し、あわせて日本国内および海外における現地調査を行なった。 12世紀宋代に誕生したとされる媽祖の伝記資料はいずれも後世に撰述されたものであり、それを理解するためには宋代の同時代文献をもとにした史料批判が不可欠となる。伝記資料としては初年度に解読を行なった『天妃顕聖録』に引き続き、『天妃娘媽伝』と『天后聖母聖蹟図誌』を解読した。いずれも媽祖の事蹟に神話的要素が混入した後の産物であることを念頭に置きつつ、現代につながる媽祖の絶大な崇拝を準備した文献として精読したうえで邦訳を試みている。 現地調査については、本年度は報告者が勤務大学における国内特別研究期間に該当するため時間を有効に活用できた。国内調査は東アジアにおける媽祖信仰の北限とされる青森県下北半島を対象とし、2018年5月28日から30日まで国内特別研究学部予算による調査旅費によって行なった。また紀伊半島沿岸地域の社寺における海の守護神崇拝の実態を明らかにするため、2019年3月11日から13日まで本科学研究費によって行なった。海外調査はスペインおよびポルトガル南端の大西洋沿岸部の教会における航海の守護聖者の信仰実態を比較宗教史の視点から明らかにするため、10月31日から11月10日まで本科学研究費によって行なった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究を推進していくうえで基本となる作業は、文献研究と現地調査を併行して行なうことである。まず文献研究については当初計画していた『天妃顕聖録』の解読ならびに該当箇所の邦訳を初年度内に完了できたので、本年度は『天妃娘媽伝』と『天后聖母聖蹟図誌』の解読作業に取りかかった。いずれも媽祖の伝記資料としてきわめて重要なものだが、成立は媽祖の没年から多くの時を隔てているため著しく神話的な潤色が加わっており、同時代の文献資料をもとにした資料批判が不可欠の作業となる。両書とも大部な分量であるが本年度はその解読に多くの時間を割くことができたので、次年度(平成31年度)のうちに作業を完了する予定である。 国内の現地調査のうち、青森県下北半島では東アジア海域世界に伝播した媽祖信仰の北限を踏破し、天妃と呼ばれた媽祖を併祀する神社において中国起源の神格が漁民の民俗信仰として同化していることが確認できた。また和歌山県紀伊半島では沿岸地域にある社寺の多くが観音菩薩を祀る聖地であり、近世以降は観音が海難救助の守護者として崇拝されていることが確認できた。海外調査においては、ポルトガルのサグレス岬にあるノッサ・セニョーラ・ダ・グラサ礼拝堂で恩寵聖母像を実見したことは今回の調査における最大の収穫であった。ユーラシア大陸の西南端に位置するこの土地は16世紀以降の大航海時代に船乗りの崇拝を集めてきた場所であり、守護者としての恩寵聖母の信仰がスペイン南部からポルトガルの大西洋沿岸部に及んでいることを現地調査によって明らかにできた。その信仰は東アジアの海域世界にもたらされており、媽祖がさまざまな民間信仰を取り込みつつ海の守護神として崇拝された存在であることを顧みたとき、両者の接点を比較宗教史の視点から解明していくことが今後の課題となった。
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今後の研究の推進方策 |
媽祖崇拝を研究対象として民間信仰と東アジアの諸宗教との融合のありようをたどる考察は、上述のとおり当初の計画以上に進展しつつあるが、研究途上で新たな課題も浮かび上がってきた。南中国沿岸部の地方神であった媽祖の崇拝が海域世界の守護神として東アジアの広い範囲に伝播し始めた16世紀明代は、世界史上の大航海時代にあたり、ヨーロッパの宣教師や船乗りがこの地に頻繁に渡来していた。キリスト教世界における海の守護聖女の崇拝も東アジアの海域世界に伝播しており、媽祖崇拝との融合ないしは混淆も当初予想していた以上に盛んであったことが明らかになってきた。媽祖崇拝の比較宗教史的考察を推進していくためには、このことを大幅に視野に入れる必要が生じた。 報告者はすでに発表したいくつかの学術論文において16世紀のカトリック教会による対抗宗教改革運動の世界的拡大という視野から東アジアの宗教の変容について考察を試み、ポルトガルやスペインの宣教師が海の守護聖女の崇拝をもたらした土地に媽祖崇拝も根付いた可能性に言及してきたが、本年度に行なった国内および海外の現地調査によってこうした視点をさらに追求していくことが一層重要であると認識するに至った。次年度(平成31年度)は媽祖に関する伝記資料の解読に加え、海外調査のおりに古書店で入手した宗教史関係の研究文献を精読していく。さらに国内および海外での調査中に撮影した写真資料が相当数にのぼるので、それらを整理して研究に活用できるようにすることが急務である。以上の成果を東洋大学東洋学研究所の紀要『東洋学研究』に学術論文として執筆する予定であり、さらに『東アジアの信仰と造像』と題する単著を科学研究費の研究期間が満了する次々年度(平成32年度)に刊行したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度配分額の前倒し支払い請求を行ない、次年度購入予定であった古写本複製本のいくつかを本年度のうちに購入した。これによって次年度の研究計画に含まれていた古写本の解読作業を本年度中に開始することができた。ただし、前倒し支払い請求が10万円単位であるため、20万円の請求を行なった結果、差額が生じたので次年度使用分となった。 次年度は引き続き古写本複製本を物品費(図書資料費)により購入し、その解読および訳出作業を継続しておこなうことで本研究の文献的基盤を構築する予定である。さらに現地調査については西日本を中心とした国内調査旅行(2020年2月頃、3泊4日程度)を計画している。四国から瀬戸内海沿岸部における海の守護神崇拝の実態を精査し、中国の民間信仰が伝播した痕跡を探りつつその変容のありようを明らかにしたい。
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