本研究は東アジアの海域世界で守護女神として圧倒的な信仰を集めている媽祖を対象に、中国の民間で芽生えたその崇拝が、多様な宗教的伝統と接触を重ねて信仰圏を拡大した過程を比較宗教史の視点から解明することを目的とする。媽祖崇拝の歴史的展開と空間的拡大のありようを明らかにするための基礎作業として、研究期間内に文献研究と現地調査を併行しておこなった。文献研究については、2017年度は漢文文献『天妃顕聖録』を解読し、2018年度は『天妃娘媽伝』を解読し、2019年度は『天后聖母聖蹟図誌』の解読作業に従事した。現地調査については、2017年度は茨城県北部沿岸地域社寺調査をおこない、2018年度は青森県下北半島沿岸地域社寺調査、スペイン南部・ポルトガル西南部沿岸地域教会調査、和歌山県紀伊半島沿岸地域社寺調査をおこない、2019年度は丹後半島沿岸地域社寺調査をおこなった。 第4年度(最終年度)にあたる本年度は、以上の作業を踏まえて研究成果のまとめとその公表をめざした。まず「中世・近世における道教信仰の伝播 ― 媽祖崇拝の拡大を手がかりに」と題する単著論文を執筆し、佐藤文子・上島享編『宗教の受容と交流』日本宗教史第4巻(吉川弘文館)に掲載した。同じく「媽祖と海域の文化」と題する単著論文を執筆し、小峯和明・シラネ=ハルオ・金文京、染谷智幸編『東アジアの文学と異文化交流 ― はじめに交流ありき』東アジア文化講座第1巻(文学通信社)に掲載した。さらに『東アジアの信仰と造像 ― 媽祖崇拝の比較宗教史的考察』(第一書房)と題する単著を刊行した。以上の研究成果刊行物において、中国沿岸部の民間信仰から始まった航海の守護神が、道教の神々の系列に組み込まれて信仰圏を拡大させ、変容を繰り返しつつ日本の民俗世界へ溶けこんでいった足跡を比較宗教史の文脈において明らかにした。
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