研究課題/領域番号 |
17K02213
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
佐久間 秀範 筑波大学, 人文社会系, 教授 (90225839)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 堅慧 / 安慧 / ヴァラビー / 銅板碑文 / 考古学資料 |
研究実績の概要 |
『大唐西域記』のヴァラビーの項に玄奘が記した堅慧という人物を註釈家Sthiramatiと同一人物と決定づけたのは1884年のBealの英訳である。これは1857-58年のJulienの仏訳が堅慧をSthiramatiとしたことに加え、当時ヴァラビーで発掘された銅板碑文にSthiramatiの名前があったことで、1877年にBuehlerが「同一人物であることに間違いない」と報告したことを受けたものである。近年の梵文写本研究から『中辺分別論』『唯識三十頌』に加え『五蘊論』『倶舎論』の註釈者のSthiramatiが同一人物であることが明確になっている。しかし、その人物とヴァラビーの銅板碑文のSthiramatiと結びつける根拠は『大唐西域記』はじめ玄奘の報告のどこにも見当たらない。そこで玄奘がヴァラビーのSthiramatiをわざわざ「堅慧」とした意図を探求すべく銅板碑文の意義に加え、グジャラート州の発掘を手がけている考古学の研究者と密に連絡を取り、また衛星写真を元に地質などから現地の遺跡の可能性を探る研究者とも連携して、ヴァラビーの地形や遺跡の可能性を考慮して、この地にはナーランダーに匹敵する大きな僧院があったとは考えにくいと考えるべきことに自信を得た。玄奘は堅慧については名前を徳慧とともにヴァラビーとナーランダーに関連づけて示すが、徳慧には詳しい説明があるものの、堅慧は名前のみしか記載しない。『慈恩伝』の安慧もこれとは関連することなく別な形で登場させるのみである。考古学的見地からも碑文研究の観点からも、玄奘がヴァラビーにSthiramatiという人物がいたと認識していたとしても、註釈者とは別人であると意図して「安慧」ではなく「堅慧」とわざわざ『西域記』の記述者弁機に指示した可能性が極めて高いと結論づけたいと思う段階に達した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「安慧」ではなく「堅慧」と玄奘が意図して記述者弁機に指示したとする根拠付けは極めて慎重を有するものである。インドを専門とする考古学研究者を見つけるのに時間がかかり、その研究者を通じてヴァラビーの発掘調査の主たる担い手であるバローダ大学の研究者にコンタクトを取っている。別に衛星写真を使用して遺跡の可能性を調査する研究者とコンタクトを持つことができ、ヴァラビーとナーランダーの現在の状況と重ね合わせて推測することで、ヴァラビーに壮大な僧院の後が見つかる可能性が低いと考えられる。そのためグジャラートでは近年仏教遺跡の発見があるにもかかわらず、考古学分野でもこの地の発掘に期待を持っていないことが裏付けられる。玄奘がヴァラビーのSthiramatiの名前を現地に行かず情報のみから得た可能性もあるなかで、玄奘自身が『大乗阿毘達磨集論』の註釈者にあげる安慧と碑文のSthiramatiを少なくとも別人と意識していた可能性が高い。玄奘は現在発見されているSthiramatiの梵文写本テキストをどのくらい知っていたかは検証が必要であるが、後の唯識教学・法相教学の安慧とは全くの別人である可能性が見えてきた。玄奘の意図を確定するにはなお難しい点もあるが、これを結論とすることで学界の了解を得られる所まで来ていると思われるので、おおむね順調に進んでいると報告した。
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今後の研究の推進方策 |
平成30年度はヴァラビーの堅慧が註釈家Sthiramatiや唯識教学・法相教学の安慧と別人である可能性が高いことを、ほぼ決定づける発表を7月のカナダ・ヴァンクーヴァーで行われる国際サンスクリット学会、9月の日本印度学仏教学会で発表し、12月に中国広州で行われる瑜伽行唯識学会の基調講演としてこれまでの唯識教学・法相教学が唱えてきた安慧の位置づけを修正する必要があることを発表する予定である。 唯識教学・法相教学に基づいて立てられてきた従来の瑜伽行唯識思想史について考え直さなければならないことがかなりはっきりとしてきたことから、その元を作った玄奘の『大唐西域記』や『慈恩伝』などの記述を現地の発掘調査などと照らし合わせる必要があり、その準備を進めて行くことにしている。これは当初の計画には入っていないが、将来に向けての課題にも繋がるものであるので、並行して進めて行くことにしている。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成30年度に7月のカナダ・ヴァンクーヴァーで行われる国際サンスクリット学会、12月に中国広州で行われる瑜伽行唯識学会の基調講演のための出張費用、また現在の研究内容の検証のため瑜伽行唯識思想の世界的権威であるドイツ・ハンブルク大学名誉教授と共同研究を進めるための出張費用にあてるため、その旅費にかなりの額を担保する必要があった。さらに最終年度にはこれまでの成果をまとめた内容の吟味のために再びドイツ・ハンブルク大学名誉教授と共同研究を進めるための出張費用を確保するために、初年度は連携研究者や研究協力者のみならず考古学分野の研究者などとの共同研究をできるだけ費用を使わずにメールやスカイプなどで行い、平成30年度に繰り越す工夫をした。
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