本研究では、アーニサンサ(積徳行)文献の包括的な整理を行い、①同文献群の全容を把握する。次に、②アーニサンサ文献の中から、伝統的パーリ仏典との対応が読み取り易いものを幾つか選定する。そして、研究期間内に、③それら代表として取り上げたテクストのローマ字転写並びにエディションを作成し、翻訳を公表することを第一の目的としている。 最終年度の研究実績は、上述の②③の作業として『シーマー・アーニサンサ』他2つのテクストを選定した。コーム文字で記された同写本文献について、ローマ字転写、パーリ語から日本語への翻訳作業を実施した。 研究課題全体として明らかになったことは、アーニサンサ文献は1束で構成されるものが殆どである。だが同文献群の中には、1束で構成されるアーニサンサ文献を、何らかの目的で集成し一つの大部な集成文献として構成されているものが2つ存在することである。『サッバダーナ・アーニサンサ』(全10束)と『スッタジャータカニダーナ・アーニサンサ』(全30束)である。 同文献群に2つの大部な集成文献が存在し、その集成を構成する各文献がどのようなタイトルのものなのかを示した研究は今までにない。この点を本研究課題では示せたことは、当該研究分野において重要であった。未だ判然としないタイに根付いた「積徳行」の意義解釈についての文献学的根拠に対して、新たな資料が提供されることになったからである。 また、複数のバージョンが存在する『サッバダーナ・アーニサンサ』(10束版、1束版等)を取り上げ、それらの比較研究を行った。これらを通して、バージョン間の関係と各版の存在理由、並びに厳格な仏教教理の立場とは異なるタイ仏教の現実相の一面に対して、アーニサンサ文献がどのような仏教的根拠をどのような伝統的パーリ仏典に求めていたかを捉えることができた。この点はアーニサンサ文献の発展体系を解明する上で意義があった。
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