研究実施計画に沿って「チベット語伝記・歴史書中の梵文写本への言及の事例蒐集と分析および研究総括」を遂行した。これまでの調査結果の整理と分析を行い、梵文写本をインドからチベットへ請来した人物の同定と伝来径路の同定について総括を行った。前者については、梵文写本奥書、梵文写本へのチベット文の書き込み、チベット撰述史料を主たる資料として、人物を時代順に配列し、各人物の請来した梵文作品、出身地、辿った径路についてもできるかぎり明かすよう試みた。具体的にはシャーンタラクシタ、カマラシーラ、アティシャ、マハージャナ、シャーリプトラ、シャーキャシュリーバドラ、ヴィブーティチャンドラ、ヴァナラトナなどのインドやカシュミールなどの人物、そしてリンチェンサンポ、ロデンシェーラプ、チューキタクパ、チェルトンなどチベット人たちについて再検討した。 また下記の補充調査を行った。『入菩提行論注』(D3872)を訳したチューキタクパ(11~12世紀)が自身で貝葉に記したと推定していた同作品のチベット訳写本について、その写本の冒頭頁を確認することができ、その推定の正しかったことが裏付けられた。 サキャ寺に伝存する『入法界品』梵本は、13世紀にカトマンドゥの職人たちに依頼されたものであり、依頼主はサキャ寺のヤルルン翻訳師タクパギェルツェンである可能性の高いことを発表した。 本課題で対象とした時代範囲よりも古い時代における梵文写本の異国への請来という事象を確認するために、『央掘魔羅経』をサンプルとして、漢訳者とチベット訳者がどのように梵文写本を請来したのかについて検討し、いくつかの見通しを立てた。 いっぽう梵文写本の解読研究は継続し『倶舎論安慧疏』業品の読解研究(ヨビタ・クラマー氏らとの共同研究)、『ナヤトラヤプラディーパ』の読解成果を発表した(李学竹氏との共同研究)。
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