今年度はユダヤ学が抱えていたユダヤ教の「宗教的規範性」と「歴史的研究」のディレンマをテクストに即して明らかにし、総合的に本研究の内容をまとめることを目指した。 上記の目的を果たすために、今年度はイマヌエル・ヴォルフの「ユダヤ学の概念について」の一部を翻訳し、それに解説を付けて公表した。ヴォルフのテクストは、欧米のユダヤ学研究において必ず言及される最重要テクストである。しかし、わが国では彼の思想について論じられたことはほとんどなく、それゆえ、今回の翻訳は本邦初の試みである。 具体的に解明した点を述べれば、第一にヴォルフが示したJudenthumの概念の意義を指摘した。彼にとってJudenthumとはユダヤ教という宗教的現象にのみ関わる概念ではなく、ユダヤ人が関わるあらゆるものを含む歴史的な「総体概念」である。これはユダヤ学の概念を規定するためには、ユダヤ学の対象であるJudenthumの概念を規定しなければならないことを意味している。しかし、このような論の立て方は議論の順番といった形式的事柄ではなく、19世紀ドイツの歴史意識をユダヤ教研究に適用したという意味では思想的解釈を要する重要な事態である。 しかし第二に、ヴォルフによれば、Judenthumのなかでは「宗教的原理念」がもっとも大きく働いており、それは人類に多大な影響を与えてきた。とりわけJudenthumの理念をYHWHという神の名前に求めている点は、ユダヤ学が内包している「宗教的規範性」を示唆している。 本研究は緊張関係を重視した方法論的枠組みを初年度に設定し、それを洗練させてきた。今年度はこの方法論的枠組みをヴォルフのテクストに適用して分析した結果、冒頭で述べたディレンマが明瞭になり、同時にこの問題設定はユダヤ学研究において有効な研究手法であることも判明した。
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