研究課題/領域番号 |
17K02267
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
林 みどり 立教大学, 文学部, 教授 (70318658)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 記憶 / 被害者表象 / 人権侵害 / ポスト移行期 / 博物館 |
研究実績の概要 |
アルゼンチンとチリは、歴史的・社会的な類似性と軍事政権期の政治的・経済的同質性において一括りにされることが多く、実際強固な同盟関係にあった1970年代の両国の政治・社会環境は親和性がきわめて高い。だが民主化過程に入ると、民政移管の時期が異なるだけでなく民主化への社会的コンセンサスをとる方法も異なっており、その後の制度的暴力に関する記憶の社会的な表出の仕方、加害者表象や被害者表象を含む軍政期の表象において、両国間に際立った差異が生じている。平成29年度は、それぞれの国において民主化移行期にどのような文化装置が、いつ、誰によって、どのような契機で企図され、いかなるプロセスを経て完成し(または未完成のままに終わり)、そこには何が記銘され、忘却され、何をめぐって争われ、公教育やメディアの社会実践のなかでどう想起されてきたかを分析した。 特に公共空間における共同想起の営みについて以下の5点を重点的に分析することを目指した。①アルゼンチンとチリの「記憶博物館」の展示比較、②両国における旧秘密監禁施設(アルゼンチンのSitios de Memoria、チリのMuseo de la Corporacion Parque por la Paz Villa GrimaldiやMuseo Londres 38等)の扱われ方(現代的文脈へのコンテクスト化)の差異の検証、③同旧秘密監禁施設の空間構成・表象の分析と差異の明確化、④記憶空間と教育現場との連携や歴史叙述における記憶論の展開、⑤各空間で行われる政治的・社会的な記念行事との関係の比較分析。 以上の①、②、③については、日本ラテンアメリカ学会第38回定期大会において学会報告を行った。上記3点に加え、④と⑤についての分析を深めたうえで、本報告をもとに平成30年度に行う言説空間分析とあわせて今後は研究成果としてまとめて発表の予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アルゼンチンとチリの記憶空間の比較分析を通じて、両国における民主化移行期における「記憶」の政治化をめぐる民度の違いが明確になった。アルゼンチンの場合、旧秘密監禁施設の「博物館」化を通じて構成される歴史言説は、歴史的な過去に関する語りというにとどまらず、現在の政治的・社会的困難を語る際の参照系になっている。他方チリの場合は、経済的・社会的に安定した現在とは切断された「完了した過去」(=安全な過去)として認知されている。こうした違いについては、記憶空間だけでなく文学的叙述や歴史叙述などに分析の射程を広げる必要があることが判明した。 歴史叙述分析については、アルゼンチンにおいて軍政期とその記憶を主題とする"historia reciente"という歴史叙述の「ジャンル」が出現したことについて、現地在住の歴史家Jose Carlos Chiaramonteと彼が主催する歴史家グループにインタビューを行う予定であった。しかしChiaramonte氏が長期にわたりアメリカ合州国に滞在することが判明し、歴史家グループとのインタビューを行う機会を作ることが困難になった。従って、できうる限り既発表資料の収集に切り替えることとし、また展示空間の分析と政治言説の関係の分析をより重点的に行うこととした。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度に引き続き記憶空間の分析を継続して深める。平成29年度が記憶空間の構造的側面にもっぱら光を当てたのに対して、平成30年度は軍政関連の記念日(クーデター記念日、民主化記念日等)に行われる政治的儀礼・行事における記憶空間の利用のされ方に着目することで、空間の社会的な意味づけが行われる過程に光を当てる。その際、とくにアルゼンチンとチリの差異に注目し、記憶空間の扱われ方においても記憶空間の構造的差異と同様の違いが現れているかどうかを明らかにする。 またポスト移行期のアルゼンチンに独自に出現した新たな歴史研究領域の歴史叙述(historia reciente)の特質と問題点を、主に既発表の歴史研究の分析を通じて明らかにする作業を継続する。その際、歴史叙述をめぐる修辞的側面に関する一連の議論(Hayden WhiteやDominique La Capra等)を参照することによって、政治学的分析に傾きがちな記憶言説分析の軌道修正を行う。 歴史叙述の分析にあたっては、ポスト軍政期の「記憶」の政治利用をめぐって理論的な批判を展開してきた批評家たちの文化批評(Beatriz SarloやNelly Richard等)を援用しつつ、集合的記憶を媒介するポピュリズム政治の問題点を文化論的な側面から明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
アルゼンチンでは軍政期とその記憶を主題とする"historia reciente"という歴史叙述の「ジャンル」が出現したことについて、現地在住の歴史家Jose Carlos Chiaramonteと彼が主催する歴史家グループにインタビューを行う予定であった。しかしChiaramonte氏が1年間にわたりアメリカ合州国に滞在することが判明し、歴史家グループとのインタビューを行う機会を作ることが困難になったため、平成29年度はアルゼンチンでの調査を断念せざるをえず、代替として既発表資料の収集に切り替えてその分析にあてた。 平成30年度はChiaramonte氏の帰亜をうけて現地調査に入り、平成29年度に予定していたインタビューを行う予定である。また既発表資料を収集する過程で、国内では入手困難な重要資料が存在することが判明したので、現地調査においては当該資料の収集にも努める予定である。
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