研究課題/領域番号 |
17K02277
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研究機関 | 東京学芸大学 |
研究代表者 |
吉川 文 東京学芸大学, 教育学部, 准教授 (50436698)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 文字譜 / 音名表記法 / 音組織構造 / テトラコルド / フクバルドゥス / ムジカ・エンキリアディス |
研究実績の概要 |
アルファベット音名表記法は、オクターヴの枠組みの中での音関係を規定し、音楽を構成する音組織の特徴を明示すると考えられるものだが、その成立過程には未だ不明瞭な部分も多い。本研究では音組織構造そのものが当時どのように認知されてきたのかという観点に注目し、アルファベット音名表記法の成立と音組織構造との関係性を検証することを目指す。特に注目されるのは、9世紀から10世紀頃に成立したとみられるフクバルドゥスの『音楽論Musica』と、作者不詳の『ムジカ・エンキリアディスMusica enchiriadis』『スコリカ・エンキリアディスScolica enchiriadis』といった理論書である。 本年度は、これらの理論書における音組織とその表記のあり方について、比較検討を行った。『音楽論』では、ボエティウスから継承したギリシャの音楽理論における音組織を出発点に、それを聖歌の歌唱実践に役立つ形に作り替えようとする様子が見られ、オクターヴ枠と4音のテトラコルド構造との関係性が重要な要素となる。エンキリアディス論文でも同様の傾向がみられるが、テトラコルド構造とオクターヴ枠の重なり方には差異が認められ、それが音名の表記法のそれぞれの特徴にも繋がるものであることが確認できた。 特に写本の図版での表記とアルファベットの利用については、本文の説明との関係性を丁寧にたどることが非常に重要であること、写本間の異同と写本そのものの構成、写本全体としてどのような図版が筆写されているのかという状況確認の必要性があるため、入手したBruxelles, Bibliotheque Royale Albert 1er 10078-95及びBarcelona, Archivo de la Corona de Aragon Ripoll 42それぞれの図版を中心にした比較に着手し、他資料との比較のための材料を整備した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
29年度には、研究の具体的な対象となる『音楽論』『ムジカ・エンキリアディス』『スコリカ・エンキリアディス』における音組織と音名表記の関係性について再検証し、アルファベットの音名表記について整理するための基礎を固めることができた。また、入手できた写本資料Barcelona, Archivo de la Corona de Aragon Ripoll 42、特にBruxelles, Bibliotheque Royale Albert 1er 10078-95の図版の比較を行うことで、アルファベット音名表記と音組織との関係性を考える上での基礎的な材料づくりも進めることができた。 しかし、当初は、Bruxelles, Bibliotheque Royale Albert 1er 10078-95に対して、Cambridge, University Library Gg. V. 35を比較対象として考えていたが、資料入手に予想していた以上に手間取ったため、今年度はBarcelona, Archivo de la Corona de Aragon Ripoll 42との比較に留めざるを得なかった。このため、写本資料に基づく調査に関しては、進捗状況にやや遅れが出てしまっていることは否めない。 他方で、理論書における音組織と音名表記の関係性を検証する中で、旋律の歌唱の際に用いられる歌唱のための音名が、アルファベット音名や音組織構造を考える上で非常に重要であることが明らかになった。この成果に基づき、当初想定していた音楽理論書での文法用語の調査との兼ね合いを考えながら、歌唱のための音名についても一定の調査が必要であると考える。
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今後の研究の推進方策 |
今年度入手しきれなかった資料の収集を進め、ここまで行ってきた図版の比較作業を土台としながら音名表記と音組織構造との関係性を精査する。音の名称として記されている記号や文字と音組織構造との関係は、想像以上に錯綜した複雑なものであったことから、さらに多くの資料と照らし合わせることで、重視すべきポイントが整理できることが期待される。また、写本資料の図版調査と並び、音楽理論書での文法用語の利用のあり方、さらには歌唱のための声に出して歌う音名(ソルミゼーション・シラブルに類するもの)について、どのような形での検討が可能であるか、理論書での扱われ方を再確認する。写本の現地調査については、入手できた資料について十分に吟味し、整理した後で行うことが望ましいことから、次年度末ではなく、必要に応じてその翌年度に行うものとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた通りに写本資料の収集が進まなかった結果として、主としてそのための費用が予定額よりも少なくなった。結果として、資料整理のための人件費等についても、今年度は利用しない形となった。次年度は、その分の資料収集・整理を進めるため、今年度分と合わせて助成金の執行を進める。
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