研究課題/領域番号 |
17K02288
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研究機関 | 国立音楽大学 |
研究代表者 |
加藤 一郎 国立音楽大学, 音楽学部, 教授 (60224490)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 作曲家・ピアニスト / 自作自演 / 演奏解釈 / 楽譜 / 相違 |
研究実績の概要 |
ピアノが大きな発展を遂げる時代に活躍したベートーヴェンの作品は、彼が用いた楽器の変遷を示すようにその音域を広げ、ペダル技法も拡大して行った。これは、作曲家・ピアニストの作品が、彼らが演奏し、作曲した際に用いた楽器と関連していたことを示す例となっている。 このことから、研究代表者は、2018年度は本研究課題を楽器との関係から考察することとし、初期ロマン派最高峰の作曲家・ピアニストの一人であるF.ショパンの音楽を例に、彼が用いていた楽器と同じ19世紀前半に製造されたプレイエルやエラール等のグランド・ピアノによる現代のピアニストの演奏を分析した。その結果、ショパンの音楽様式は、特にダイナミクスやペダリング、フレージング、ポリフォニーの表現、音色の選択等で、彼が当時用いていた楽器と非常に密接に関連していたことが明らかになった。この分析結果は、2編の論文として発表した。 この結果は、彼がもし別の楽器を用いて自らの作品を演奏した場合、異なった演奏解釈が生まれることも推察させるものである。例えば、止音効果の強いダンパーを持った楽器で演奏した場合、彼は楽譜に記した方法よりも長いペダルを用いた可能性が高い。あるいは、普段用いていた楽器よりも豊かな響きがする楽器で演奏した場合、彼は楽譜にfを記した部分でもより小さな響きで表現した可能性も考えられる。こうした演奏解釈の柔軟性・多様性については引き続き次年度でも検討する。 尚、研究協力者の林達也氏からはC.ドビュッシー及びM.ラヴェル、A.スクリャービンの自作自演に関する予備的研究が提出された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、研究代表者は演奏録音が残されていない作曲家・ピアニストを担当し、研究協力者は演奏録音が残されている作曲家・ピアニストを担当する方法で概ね順調に進捗している。研究代表者はこれまでの研究成果を2編の論文として発表し、2019年7月には韓国ピアノ協会主催の国際ピアノアカデミーでゲスト講師として口頭発表を行う予定である。作曲家・ピアニストが自らの作品をどのように演奏し、その際、楽譜はどのような役割を果たしていたかという本研究課題の格になる部分について、両国の音楽家の間で問題意識を共有し、議論を深めて行きたい。 また、研究協力者の林達也氏からは予備的研究が提出されており、他の2名の研究協力者も作曲家・ピアニストの自作自演の音源の分析を進め、次年度の上半期に研究を纏める予定である。
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今後の研究の推進方策 |
研究代表者は、2018年度はショパンを取り上げたため、最終年度はバロック及びウィーン古典派の作曲家・ピアニストを対象に本研究課題に取り組む。 バロック期の鍵盤音楽では、作曲家は楽譜に和声のみを記すことがあり、演奏者にはそれを様々な方法で即興的に分散化して奏することが求められた。また、J.S.バッハは組曲のサラバンドの第2舞曲としてしばしばドゥーブルやアグレーマンを加えているが、前者はブリゼ奏法が、後者はディミニューションが用いられるのが一般的であった。つまり、即興的に変奏を行う際には幾つか異なった方法が用いられており、今後はその点を明らかにして行きたい。また、W.A.モーツァルトの楽譜には「奏法譜」が加えられていることがある。これらの多くはJ.A.アンドレが収集したモーツァルトの自筆稿に基づいたものであり、それらの楽譜が残された経緯や、その音楽的内容を分析することで、作曲家・ピアニストとしてのモーツァルトの演奏解釈の実像について理解を深めることができる。 研究協力者の林達也氏は昨年の予備研究を発展させ、次年度秋までに研究を纏める。また、同じく、研究協力者の森垣佳一氏はS.ラフマニノフ、S.プロコフィエフ、D.ショスタコーヴィチ等のロシア・ピアノ楽派を検討対象とし、久行敏彦氏はB.バルトーク及びI.ストラヴィンスキーを検討対象として、それぞれ自作自演と楽譜との相違に関する研究を次年度秋までに纏める。 様々な時代の作曲家・ピアニストの自作自演に含まれる解釈の自由さの実態を俯瞰し、最後にその根底にある潜在性にまで論考が及ぶことを射程に入れる。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度に研究成果を海外で発表することになったので、その経費に充てる。また、最終的な研究成果を図書として出版するため、その経費に充てる。
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