本研究は、中国清代において、皇帝が推進した書文化政策によって伝統的書文化がいかなる展開・変容を遂げたのか、その一端を明らかにせんとしたものである。清朝の最盛期を現出した乾隆帝は、祖父である康熙帝によって始められた書文化政策を引き継いで、『三希堂石渠宝笈法帖』や重刻『淳化閣帖』など諸法帖を刊行し、また大部の書画録『石渠宝笈』を編纂するなど、空前の規模の書文化政策を展開していった。と同時に、その前提となる書蹟の蒐集活動によって、民間から法書となるような名蹟を払底させ、いわばその「真空状態」を生み出したといえる。そしてそれによって、康熙年間に出現した『偽絳帖』や、蘇州姚氏一族の「清華斎法帖店」による一連の法帖刊行事業に端的に見られるように、贋造されたホンモノが盛んに生産され、流通していくことになるのである。このような清代における法帖の変質、すなわち偽による真の駆逐、偽の真への昇格という転倒現象は、清代後期における碑学の勃興・隆盛の要因のひとつとして明確に位置づけることができる。 本年度は最終年度であるため、上述したこれまでの研究成果を、概説書(中西竜也・増田知之編著『よくわかる中国史』ミネルヴァ書房、2020年刊行予定)において、「清朝皇帝による「書文化政策」の諸相」(第10章第4節)としてまとめ、一般に公にした。さらに本書では、如上の清朝皇帝による伝統的「帖学」の集大成への前段階として、南朝や唐・宋など歴代の諸皇帝による書文化政策についても叙述を加えた。
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