研究課題/領域番号 |
17K02398
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研究機関 | 広島修道大学 |
研究代表者 |
古川 裕朗 広島修道大学, 商学部, 教授 (20389050)
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研究分担者 |
矢田部 順二 広島修道大学, 国際コミュニティ学部, 教授 (30299284)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 移民を背景とする者 / ドイツ映画 / 難民 |
研究実績の概要 |
本研究は、21世紀におけるドイツ映画賞(作品賞)の受賞作に関し、戦後ドイツの政治的アイデンティティである「難民としてのドイツ人」という視点から、現代ドイツ映画の通史を作成することを目指す。本年度は主として昨年度から引き継いだ「移民」のテーマに取り組んだ。 テーマ「移民」に関しては、「ドイツ映画賞作品史――移民の背景を持つ者――」と題し、2000年代と2010年代の諸作品について、計2本の論文を公表した。 「移民を背景とする者」を主要な題材とする2000年代の作品は《愛より強く》《タフに生きる》《そして、私たちは愛に帰る》の3作品である。これらはどれも、自身の地理的・精神的な故郷を失った登場人物が再び自分のホームの存在に気付き、やがて自身のホームへと帰還する物語となっていることが具体的に確認された。一方、2010年代の作品としては、《よそ者の女》《おじいちゃんの里帰り》《女闘士》《ヴィクトリア》《女は二度決断する》の5作品を取り扱った。こちらは、自身のホームを失った登場人物が自身のホームを見つけるべくさまようが、最終的にホームを消失してしまう物語展開となっていることが具体的に確認された。 また『ドイツとチェコに見る歴史の清算』という冊子を作成した。この冊子は「戦後ドイツの演説〔抄訳〕」と「ズデーテン・ドイツ人の追放とチェコ人」の2つから成る。前者は映画の政治的・思想的立ち位置を浮き彫りにすること、後者は戦後のドイツ人が難民化した歴史的事例を把握することを主な目的とする。さらに、これまでの研究成果を授業のテキスト用にまとめ『ドイツ映画論集 ナチ第三帝国・東西ドイツ・移民難民』という形で冊子を作成した。 加えて、《HANAMI》や《グッバイ、レーニン》などドイツ映画にも大きな影響を与えたと考えられる小津安二郎《東京物語》について先取り的に分析を行い、論文として公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
21世紀のドイツ映画賞(作品賞)受賞作に関し、「難民としてのドイツ人」という視点から通史を作成する上で、本年度の主要テーマは昨年度に引き続き「移民」であった。すでに、作品の洗い出し、「難民」というセルフ・イメージの検討までは前年度において進めている。それゆえ、今年度は、ドイツ要人の公式演説と現代の難民事情との連関を考察すること、作品本体で表象される「難民としてのドイツ人」というセルフ・イメージと政治的メッセージの照合、作品の政治的立ち位置の現代の難民事情に対する影響可能性について検討を進めることであった。 以上の課題をふまえ、今年度は「ドイツ映画賞作品史――移民の背景を持つ者――」と題し、これまでの研究成果の一部を2本の論文にまとめ公表した。また『ドイツとチェコに見る歴史の清算』を冊子として制作した。その際の重要事項は次の通りである。 「難民としてのドイツ人」というセルフ・イメージに関して、物語におけるそのイメージは政治的か宗教的かの二者択一ではなく重ね合わせられている。2000年代においては物語が宗教的な楽園回帰の構造を持ち、これが登場人物の地理的・精神的なホームへの帰郷と重ねられる。ところが、2010年代では逆に楽園喪失の物語となり、それがやはり登場人物における自身の地理的・精神的ホームの消失と重ねられる。2010年に行われたクリスチャン・ヴルフによる「ドイツ統一の日」のための20周年記念演説を参照すると、最近になってドイツに移住した者と、はるか昔にドイツに移住してきた者との連帯を促し、両者の差異を相対化する言説が見られる。その意味においてすべてのドイツ人が移民の背景を持つ可能性が示唆され、映画が表象する「難民」というセルフ・イメージとの符合が確認された。 なお「ナチ」に関する考察も努力目標としてあったが、ドイツ映画への影響が推定される《東京物語》の考察を優先した。
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今後の研究の推進方策 |
21世紀におけるドイツ映画賞(作品賞)受賞作の主要テーマのうち、次年度は「ナチ・ドイツ」をテーマとした映画に照準を合わせ、適宜、資料収集を行いながら、次のような手順で研究を進める。 1)2000年代および2010年代のドイツ映画賞(作品賞)受賞作の中から、直接的・間接的に「ナチ・ドイツ」をテーマとした作品を洗い出す。2)そうした諸作品に関し、それらの中で「難民としてのドイツ人」というセルフ・イメージがどのように描かれているかを検証する。その際、特に次の点を明らかにする。「難民」の政治的・宗教的イメージが作品の中でどのように具現されているか? 「良きドイツ国民」が描かれているか「凡俗なドイツ国民」が描かれているか? 「ホームに帰る」「ホームに気付く」物語か「ホームを失う」「ホームを創る」物語か? また「ナチ・ドイツ」というテーマに特有の論点として親世代と子世代間の教育問題がある。これについても「難民」というセルフ・イメージとの関係において考察を進める。次いで、3)歴代のドイツ政府の要人が行った公式演説を分析・考察し、「難民」というドイツのセルフ・イメージのさらなる展開を追う。4)作品本体で表象される「難民としてのドイツ人」というセルフ・イメージと「公式演説」における政治的メッセージとを照合し、作品の政治メディアとしての立ち位置を洗い出す。5)作品本体の政治メディアとして提示する価値観が、現実の政治的・社会的事情に対して如何なる形で関与し得る可能性があるかを探る。 以上の方針において、1)の作業は概ね完了しているため、2)以降の作業を具体的に進めていきたい。また加えて、ドイツ人が難民化した歴史的事例に関しても適宜、研究を進めていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
印刷物にかかる経費の最終確定時期が延び、予算に余裕を持たせたため。次年度は研究環境のオンライン化が要求されると思われ、研究環境の整備等を視野に入れて使用したい。
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