本年の研究実績としてはこれまで調査・撮影を行った資料について検討を行った。『湯殿山の本地』については各テクストの翻刻を行う一方で、関連文献にも視野を広げ、その信仰の広がりを確認した。そのうちの一点『湯殿山大権現の濫觴』(明治二十四年頃写。米沢市立図書館蔵)では、冒頭に弘法大師にこと寄せた霊場の由来を記し、「参詣の輩」への心得を説く。文中に「一休禅師の歌」等道歌をひく通俗的な宗教テクストであるが、こうしたテクスト群との関係を問うことが課題として見えてきた。また、『湯殿山御本地』(明治二十六年、写本二冊、個人蔵)は、西国三十三御詠歌を含む伝本だが、この特色はかつて金沢規雄氏が紹介した『湯殿山本地聞書』にも見え、巡礼や参詣へと導く、宗教テクストとしての側面が特筆される。『湯殿の本地』諸本の展開の一端を示す伝本として注目したい。 また、『庚申の本地』については、『庚申縁記』(写本、上下二冊、個人蔵)、『庚申御本地』(明治二十一年、写本一冊、個人蔵)などを調査し、知見を深めることができた。後者はすでに五十嵐文蔵氏が指摘するように「伽の者」への言及が見え、芸能環境につながるテクストであることが見定められた。この点に関して『天狗の内裏』諸本の一点に巻末に「日待月待」の時によむべしとの記載をもつ伝本があることも想記される。奥浄瑠璃享受の時空を示す言説として注目される。 なお、庚申縁起は多様なテクストが知られ、窪徳忠『庚申の研究』の大著がある。同書上巻の庚申縁起集のうち、個人蔵「庚申之縁起」が掲載されている。同書は蔵書印から「秋野茂右右衛門」旧蔵書であることがわかる。秋野は庄内地域の富豪で旧蔵書が少なからず確認されている。地域の書物文化との接点が見えてきたのも本年の実績である。最終年度ということで各テクストに共通する宗教テクストの側面に留意して、総合的に研究を推進した。
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