平安期から鎌倉期にかけて、多く女房たちによって作られた物語は、多くの和歌を含むが、それは単に物語中の人物の心中を語ったり呼びかけとして詠まれているものではない。物語和歌自体が、女性への社会教育テクストであり、物語の読者、享受者を意識し、社会教育的機能をもつものであり、和歌の表現は詠歌テクストでもある。こうした観点はこれまで重視されていなかったことから、物語の中の和歌を社会教育テクストという基軸で分析・検証し、さらに物語和歌を編纂して成っている諸作品も含めて広く視野に収め、物語和歌に対する意識を、11世紀から13世紀という文学史の流れの中におき、物語作者と、読み手の読者集団の両面から探ることを目的として計画した。 このような新たな視座から物語和歌の特質を解明するため、最終年度の2020年度において、これまでの研究成果の概括・とりまとめをしながら、日本語では3点の研究成果を刊行した。1点目は、「窪田空穂による『源氏物語』和歌注釈―与謝野晶子との対照性」である。窪田空穂は『源氏物語』が教育的テクストであることをいち早く指摘した研究者であるが、その『源氏物語』和歌の注釈・研究について、与謝野晶子と比較しながら論じた。2点目は「宮廷女房文学としての『とはずがたり』」である、『とはずがたり』は女房日記であるが物語的性格が強く、和歌、歌壇、物語そのほかの観点から論じた。3点目は、「『風葉和歌集』恋歌の編纂と享受―「風」、ジェンダー、異性装など」である。当初から最終年度の計画の中心として、物語和歌を編纂した資料を扱うことを予定しており、史上空前の物語歌集である『風葉和歌集』を重要な研究対象と位置づけていたが、その予定通り、『風葉集』について、教育という新たな観点から論じたものである。本研究の核となる論文である。またこのほか、女房文学について論じた文章を中国で刊行するため、中国語訳を行った。
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