本研究は、森川竹ケイの大著『詞律大成』を、中国で編纂された諸種の「詞譜」類と比較検討し、その歴史的な価値を広く内外に知らしめるとともに、その詞牌研究が現代においてもなおきわめてすぐれた水凖にあり、今後の詞牌研究にとって大いに価値があることを明らかにすることを目的としている。 最終年度に当たる今年度は上記の研究目的のもと、関連の研究実績として訳書一冊を公刊し、一本の論文を公刊した。 訳書『宋代文学伝播原論―宋代の文学はいかに伝わったか―』(朋友書店、2019年12月)は、中南民族大学教授である王兆鵬氏の著書『宋代文学伝播探原』(武漢大学出版社、2013)を翻訳したものである。王兆鵬氏は中国における最もすぐれた詞学研究者の一人であり、中国詞学学会の会長でもある。『宋代文学伝播探原』は、宋代の文学がどのように同時代、また後世に伝わっていったかについて、大量の資料を用いて実証的に研究した成果であり、特に詞の伝播について従来にはない詳細な検討がなされている。詞は書かれた文字として印刷されたり壁に題されて伝播するとともに、本書第四章「歌妓の歌唱による宋詞の伝播」に論じられるように歌唱によっても同時代に広まった。氏は歌唱による伝播のさまざまな実態を多くの資料によって再現しており、詞牌の伝播や異体の生じる過程について考える上で重要な手がかりを提供してくれている。 論文「小泉盗泉と詞」(「学林」第69号)は、主に台湾で後藤新平のブレーンとして活躍した小泉盗泉を取り上げ、彼の詞についての知識の確かさを、その講演録である『支那詩の沿革』から検証するとともに、そうした彼の知識の淵源に、高野竹隠や市村蔵雪という、森川竹ケイと親しい人物の存在があったことを論じたものである。 今年度は前年度に続き、『詞律大成』の「発凡」に見える説と本文内容との関連について、調査研究を行った。
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