本研究は、おもに1960年代から70年代にかけての旧在朝鮮日本人の文芸創作を対象に、植民地の記憶とその表象のありようを検証した。この時期に活躍した植民者二世にあたる世代であり、敗戦後に引き揚げて思想形成をなした人物が多い。このような書き手たちの文芸創作は、ジャンル的にも内容的にもさまざまであるが、テクストに描かれる朝鮮表象は、いわば故郷としての植民地の記憶をいったん否認したうえで綴られるという傾向性をもっている。本研究では、森崎和江や村松武司、小林勝らを始めとする植民者二世の文芸創作の動向を調査・検証し、それとともに、現在の視点から1970年代から80年代を中心に同時代の世界文学・日本語文学の文脈へと考察を広げた。これは、旧在朝鮮日本人の文芸創作の系譜を、日本語文学や世界文学という地平からテクスト群として系統的に位置づける作業である。 令和5年度は、前年度からの継続として、(1)朝鮮引揚者の戦後における活動を主にして資料分析をした。また、前年度に引き続き、(2)1960年代から70年代にかけての作家の海外体験を捉えるために、池澤夏樹や大江健三郎に関する調査を継続して進めた。令和5年度の研究成果としては、(2)として「バリ島のとらえ方――池澤夏樹と素人文化人類学という方法」(東アジアと同時代日本語文学フォーラム・バリ大会、2023年9月2日)の研究発表を実施した。また、(2)に関連するものとして「大江健三郎と「戦後の精神」」(『愛媛国文研究』第73号、愛媛国語国文学会愛媛県高等学校教育研究会国語部会、2023年12月)を発表している。(1)については、令和6年度に研究発表を予定している。
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