本研究は、吉井勇の戦中疎開日記資料を基に、後期の代表的な歌集『寒行』『流離抄』の成立背景を明らかにし、併せて勇と京都文化人たちとの交友の文化史的意義を検証するものである。 コロナにより実地調査は思うように実施できなかったが、昨年度までに戦中疎開日記の翻刻を4回にわたって紀要に発表し、さらに戦後間もない時期の「宝青庵日記」第一巻の翻刻も終えることができた。これにより、疎開時期から戦後にかけての勇の動向や知人達との交友、書簡のやりとりの実態もほぼ明らかにすることができた。 疎開時代の勇の動向が明らかになる中で、疎開の受け入れ先であったおわら民謡詩人・小谷契月への地元の関心も高まり、その没後50年となる2021年6月には、ご遺族とともに編集した『小谷契月作品集』を桂書房から刊行した。雑誌「とやま文学」第39号では越中八尾おわら風の盆の特集が組まれ、11月には出版記念講演会を開催した。日記翻刻から得た成果を地元に還元するよい機会となった。 動向に不明な点が多かった戦中疎開時代の空白を埋めることで、京都文化人との交友関係を含め、全集に収められた勇の年譜をより詳細なものにすることができたのも大きな収穫である。11月に短歌研究社より刊行した単著『吉井勇の旅鞄』は吉井勇の土佐流離時代を中心とした評伝研究だが、本研究によって得た知見を巻末の年譜に反映させ、より充実した内容とすることができた(本書により、第20回前川佐美雄賞を受賞)。また調査の過程で入手した資料から、これまで不明であった「ゴンドラの唄」の初出誌を発見・研究会で報告している。 本研究の成果等をふまえ、京都学・歴彩館では、「2つの文学資料-与謝野鉄幹・晶子、吉井勇とその時代-」展が開催された(令和4年1月15日~3月6日)。関連講演が2月19日に予定されていたが、コロナによって中止となった。別の機会に成果発表を行う考えである。
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